ただただ目の前の景色だけを見続けた – バラ谷の頭
ここまででいいや。
バラ谷の頭からの素晴らしい眺めに魅了され、ここで泊まることにした。
早朝に野鳥の森を出発した。
麻布山へ登り、「ご無事で」の看板を後にして、前黒帽子山へ向かった。
針葉樹林の森を通り過ぎる。
時折り望む深南部の稜線には、透明な青空が広がっていた。
針葉樹に囲まれた前黒帽子山の山頂を過ぎ、最後は深南部らしい笹藪を抜けると、バラ谷の頭に出る。
予定では黒バラ平へ下って一泊し、明日は黒帽子岳に登ってから下山するつもりだった。しかし、バラ谷の頭からの景色を目の前にして、ここから動くのがもったいない気がしたのだ。
あくせく歩くばかりが登山ではない。それに特等席が空いている。
以前に寸又峡からの黒法師岳周回をしたとき、このバラ谷の頭の最も眺めがいい場所にテントが張ってあった。まだ早朝だったこともあり、そのまま通過して蕎麦粒山へ向かったが、こんなところで一夜を明かすなんて、なんてうらやましいんだろうと思ったことがあった。
最高に眺めのいい場所には一張りしか設営できない。山頂には二人の先客がいたが、どちらも日帰りだという。ならばここで一泊しよう。こんな絶好の機会を逃す手はない。
お二人が下山してから、特等席にテントを張った。
寝場所を確保してから、日本最南端の2000m地点へ向かった。といっても5分も歩けば着いてしまう。
なんでもない場所なのだけど、ここの雰囲気がなんとなく好きだ。
テントにもどっても、特にすることもない。まだお昼を少し過ぎた時間だ。携帯電波は登山口のずっと手前から入らない。本を持ってくるのを忘れたので、あとは景色を見るくらいしかすることがない。
暇を持て余してるとソロの登山者が登ってきた。話好きの方だったので、ひとしきり楽しくおしゃべりさせていただいた。ソロの方が下山すると、入れ替わりに二人組が登ってきた。みなさん口を揃えて、いい場所に張ってますね〜とおっしゃる。そうでしょう、そうでしょう。ずっとここてテン泊するのが憧れだったのですよ。
二人組は泊まりだったが、最南端2000m地点の方へ張ることにしたようだ。もう誰も登ってこないだろう。特等席で貸切である。
前黒帽子岳、黒法師岳、丸盆岳、不動岳、歩いた深南部の山々を眺めて時を過ごす。移り行く空の色に山々が染まっていくのをただただ眺めている。
こんな時間の使い方も悪くない。
翌朝は厚い雲が垂れ込めて、期待した日の出は拝めなかった。ゆっくりしている理由もないので、早々に下山しよう。
テントを撤収して下山を開始したのが6時50分。前日の12時20分に到着しているので、山頂滞在時間は18時間30分。人生で最も長く滞在した山頂になるのは間違いなさそうだ。
2021年11月