深南部の三日間 – day1 前編
登っても登っても登りが続く。思わず手を突くほどの急な登りだ。まだまだ先は長い。三日分の装備の重さが、肩と背中にのしかかる。
時間はどんどん過ぎていく。取り付きのミスで登山道ではないガレ沢の登り降りをしてしまい、時間と体力を消耗した。それを取り返すこともできていない。
うつむき、足元を見つめ、装備と肉体を持ち上げる。一歩一歩、上へ上へと。ただひたすら登ることに集中して登っていく。
白ガレの頭で休憩。
ザックから菓子パンを取り出して食べた。小麦の風味がとても濃く、生クリームの甘さが舌に心地よい。ひとつひとつの味がはっきり感じられる。
山で食べるとなんでも美味しいと言う。その通りだと思う。その理由も知っている。いわゆる「チャクラが開く」というやつだ。もしくは「知覚の扉の向こう側」、ジムモリソンが「Break on through to the other side」と歌ったあちら側へ自然に入っているからだ。インドを旅した旅人なら、なにを食べても美味しいあの感覚を知っているだろう。つまりはそういうことである。
この感覚を得るために、人はまた山に登る。そして、この感覚に囚われてしまうと、さらなる深みを求めてリミットを越えることになる。クライマーでも修行僧でもロックスターでも旅人でも、快楽の囚人は最後には帰らぬ人となってしまう。そういう人を何人も見てきた。
ここまでずいぶん登ってきたが、さらに登らなければならない。ここから傾斜はいっそう急になる。
ふらふらになって前黒法師岳に着いた。
寸又峡から標高差1400m。実に6時間半もかかってしまった。もう昼である。
やり切った感があるが、ここがスタート地点だ。ここから先が本番だ。
予定より時間は押しているけど、まあなんとかなるだろう。行けるところまで行くしかない。とにかく進まなければ話にならない。
その先の稜線へと、一歩を踏み出した。