君はなぜ、その山に登るのか? – 二股山
朝日を浴びて橙色に染まる山、今日はあの山に登る。栃木県鹿沼市の二股山だ。
と言っても知ってる人はほとんどいないだろう。登ったという話を聞いたこともない。

「なぜ、そんな山に登ったの?」という質問をしばしば受ける。言いたいことはわかる。
なぜ、そんな無名な山に登ったの?
なぜ、そんな展望もない山に登ったの?
なぜ、そんなつまらない山に登ったの?
ほんとは、そう訊きたいのだろう。

何をおもしろいと思い、何をつまらないと感じるかは人それぞれだ。
人気のある山の情報はインターネットにあふれている。SNSには何枚もの写真がアップされ、ルートの詳細は登山サイトに掲載されている。人気の山は、確かに良い山ばかりだ。登山者が大挙して押し寄せるだけのことはある。でも、そんな山ばかりをつまみ喰いして回るのは虚しい。

「なぜ、そんな山に登ったの?」
登ってみたいと思ったから
「なせ登ってみたいと思ったの?」
おもしろそうだったから
「なせ、おもしろそうと思ったの?」
堂々巡りである。
わかってもらえるとは思わないが、すべての山がおもしろいのだ。山だけではない、この世のすべてがおもしろい。

僕にとって登山は旅だ。歩いていく旅なのだ。そして旅とは未知との遭遇だ。みんなの軌跡をなぞるだけの登山は旅とは言い難い。ワクワクもドキドキも不足している。
でも、そこに旅があると感じたら、行かずにはいられない。

二股山は、その名が示す通りの双耳峰だ。南峰に登頂して股の部分へ降りると、キレットの表示があった。標高568mの山でキレットもないだろと思うものの、山の険しさは標高と比例はしないし、いちおう切れ落ちてるのだから切戸には違いない。

このキレット表示板もそうだし、山頂にも登山口にも登山道の途中にも、まあまあ手の込んだ手作り看板があった。どんな人が設置しているのだろう。愛があふれている。

北峰から北側の登山道を歩いて周回で下山した。下山地点でも手作り看板が労ってくれた。
いい山だったし、いい旅だった。

早朝は他に一台も停まってなかった駐車場も、下山時には満車になっていた。
2025年12月





