百名山の登り方 – 皇海山

庚申山の山頂は樹木に囲まれた小スペースで展望はまったく無かったが、少し先に進むと視界が開けて、皇海山まで連なる稜線を見渡すことができた。

この風景を見た瞬間に、この山域が大好きになった。幾重にも織りなす緑の山々。山らしい山っていうと思い浮かぶ、そんな風景だ。

緑の山々へ、いざ行かん。

標高が上がると、樹林帯を抜けて灌木林に変わる。進む先が見えているのは気分が良い。いくつものピークをひとつづつ超えていく。

鋸山に近づくと岩がちになり、細かい岩峰の登り下りが連続するようになる。岩場もあるが、傾斜のキツいところには鎖が設えてある。

岩峰に登ると皇海山が望める。あの特徴のある山容を見まがうことはない。下って登って次の岩峰からは、少しだけ角度を変えた皇海山。

何度目かの登りを登り切って鋸山に到着すると、皇海山の勇姿と相対することになる。

ラスボス感のある山容だ。

ひと休みしたら、出発だ。

いったんコルまで下ったら、山頂までずっと登りが続く。背の高い針葉樹の森に入り、展望はまったく無い。荘厳な空気に包まれて、黙々と登るばかりである。

息を弾ませて登頂した山頂も、木々に囲まれて景色は見えない。

でも、これがいい。

視界の開けた開放感のある山頂ももちろん良いが、森に包まれた薄暗い山頂も、それはそれで良いものだ。

だが、皇海山は不人気である。

不人気なのは、山頂からの展望がないためではあるが、短縮ルートで最初から最後までずっと樹林帯を登ってきたせいでもある。クラッシックルートで登れば、また印象は違うはずだ。

どのルートをどうやって登るかは、登山者ひとりひとりの自由である。自分はできる限り、その山を最も満喫できるであろうルートを選択するが、なるべく楽に最短距離で登れるルートを選ぶのも、それはそれでひとつの哲学である。しかし、楽だからという理由で選んだルートのせいで山の魅力を感じられず、つまらない山だと言い切ってしまうのは乱暴だろう。

つまらない山だという評価が定着しているにもかかわらず登る人が多いのは、皇海山が百名山のひとつだからである。

百名山ハントのしかたも自由ではあるが、深田久弥の記した『日本百名山』では山々がどのように描かれているのか、思いを巡らせてもいいのではないだろうか。

例えば八ヶ岳の項では、急峻な山岳地帯である南八ヶ岳に費やすのと同程度の熱量で、裾野の森林や北八ヶ岳についても語っている。

丹沢の項では、大山の歴史と魅力を大いに語り、塔ノ岳や蛭ヶ岳、檜洞丸の魅力についても言葉を費やした上で、「私が百名山の一つに丹沢山(丹沢山というのは山塊中の一峰である)を取りあげたのは、個々の峰ではなく、全体としての立派さからである」とわざわざ書き加えてもいる。

はなはだしいのは霧島だろう。『日本百名山』の霧島の項には、「高千穂」という言葉は実に18回も登場するが、最高峰の韓国岳は他の山々とともに1回のみだ。それはこんな文中である。
「高千穂に登るまでに、私はただ一人で、霧島山群の韓国岳、獅子戸岳、大幡山、新燃岳、中岳等へ登って、それぞれの頂上から倦くほど高千穂の美しい峰を眺めた」
これはもう、すべてが高千穂峰について書かれた文章だと言っても言い過ぎではないだろう。

深田はもちろん、庚申山からのクラッシックルートで皇海山に登頂している。そして、途中の稜線からの眺めを称賛するとともに、白根山から錫ヶ岳、皇海山を経由して袈裟丸山まで続く山々の奥深さにも魅力を見出している。

これを読むと、なぜ深田が皇海山を百名山に選んだのか、よく理解できるのであった。

帰りは六林班峠を経由した。峠周辺の笹藪は多少は刈払いされたらしく、特段の困難さもなく通過した。下山路はひたすらトラバースで、単調な山道が続いた。

林道の崩壊で短縮ルートが通行困難になったいまは、六林班峠経由が最もイージーなピークハントコースになるのだろう。だが、願わくば山を愛するすべての人が、クラッシックルートのあの優雅さを体験されんことを。