雨降る南アルプス

歩き始めは霧のような雨だったのが、だんだんと雨足が強くなり、いつしか本降りとなっていた。強い風に吹かれた雨粒が、容赦無く顔に打ち付ける。気温もずいぶん低くなった。猛暑の夏とはいえ、森林限界を超えた3000mの稜線である。雨に濡れ、風に吹かれれば、体感温度はかなり低くなる。

上下のレインウェアに加えて、防水のグローブも装着した。手がかじかむほどの気温なのだ。

今日は一日、こんな天気がつづく予報だ。

初日の出発時は天気は良かった。鳥倉の登山口から三伏峠へ登り、烏帽子岳に着いたころにはまだ青空が広がっていた。ヘルメットのような形の塩見岳も、谷の向うに見えていた。

それが小河内岳まで来ると雲行きがかなり怪しくなり、高山裏に着く頃には、しとしと雨となっていた。

そして二日目。

早朝の霧雨は、森林限界を超えて前岳に到着したときには、本格的な雨となっていた。

そのまま雨の中を先へ進む。

視界が悪く、方向感覚がない。簡単にルートを見失ってしまう。中岳を過ぎる頃には雨はより激しくなり、体感温度はさらに一段低くなった。

今回の縦走のうちで、二日目の天気予報が最も悪かった。その二日目を、荒川岳から悪沢岳への稜線に当てることにした。ここは以前に快晴の日に歩いたことがあるので、天気が悪くても諦めがつくだろうと考えてだ。しかし、この二日目が、最も標高が高くなり、歩く距離も最も長い。

雨と風と寒さに翻弄されて悪沢岳に到着した。立ったままで弁当を食べる。弁当箱に雨水が溜まる。

こんなコンディションでも、歩いている人はそれなりにいる。自分のように通過のためにしかたなくではなく、ちゃんと目的地にして登ってきているようだ。さすが百名山だと言わざるを得ない。

ここまで、時間はずいぶん押している。のんびりしてる暇も、寄り道してる余裕もない。

千枚岳から先は初めて歩く。小屋への分岐を過ぎると様子が大きく変わった。ここから先は、歩きやすく整備された百名山の登山道ではない。

道は細く荒れていて、かなりの急傾斜だ。倒木で完全に塞がれている箇所も多々ある。そして雨。濡れた急な荒れた下りという最悪の条件である。スピードはまったく出ない。少しでも気を抜けば、滑って尻餅をつく。倒木で道が塞がれているため、しばしば行く先を見失う。

何時間下り続けただろう。ようやく二軒小屋が見えた。

しかし、そこからも長かった。

あと少し、あと少しと自分を励まして下り、暗くなる直前になんとか二軒小屋に到着した。

二軒小屋は静かな、天国のようなところであった。つらい一日の後だから、なおさらそんな気持ちが強い。

雨も上がり、静かに日が暮れようとしている。

急いで夕飯をすませ、寝て起きたら明日だ。明日もまちがいなく過酷な一日になるはずだ。