夕暮れの静寂 – 岩村

以前に岩村を訪れたのは、もうずいぶん前のこと。夕暮れの街は静かで優しく、穏やかな時が流れていた。

一昨年、岩村が連続テレビ小説の舞台となり、観光客が数倍に増えたというニュースを目にしていたので、あの落ち着いた町並みはもうないのだろうと思っていた。

しかしそれは、杞憂に過ぎなかった。

小さな鉄道駅から山上の城へと続くゆるやかな坂道を登っていく。駅に近い下側の町並みは、比較的新しい民家が多い。

枡形を過ぎると、江戸時代から明治大正昭和にかけて建てられた二階建ての木造民家が通りの両側に並ぶ。

夕暮れの町には、あの日と同じ静寂な空気が漂っていた。

外部の資本が流入した古い町並みは、どこも同じように観光客相手のチープな店舗が並ぶ無残な姿を晒している。しかしここには、そんな店は見当たらなかった。観光客相手の商売といえば、せいぜい酒屋が店頭で五平餅を焼いて売ってるくらいだ。土産をあつかう商店もあったが、それも代々続く商売であろう。店主は高齢のご婦人であった。

日曜の夕方という時間帯のせいもあり、開いている店はほとんどない。道行く人もぽつりぽつりだ。以前と変わったところといえば、車道の舗装が通常のアスファルトから、砂の色を模したものになっていたくらいだ。

あちらこちらに連続テレビ小説のポスターが貼られている。そのどれもが色あせて、もう何十年もそこに貼られているかのようであった。

古い町並みの中心にある、江戸時代から続くカステラ屋で、江戸時代の製法を今に受け継ぐカステラを買い求め、家路に着いた。