とんこつラーメン放浪記 – 東京編

とんこつラーメンについてよく知ろうと思った。理由はいろいろあるのだが、とにかくとんこつラーメンをあまりよく知らないことに気づいたからである。

初めてとんこつラーメンを食べたのは高校生の時の修学旅行で九州へ行ったときだった。ずいぶんあっさりしたスガキヤだなあと思ったのを今でも覚えている。上京してからは都内でたまに食べるくらいで、最近は2年に1回くらい九州に行ってるものの、うどんはよく食べるけどラーメンは食べていない。

それほど好んで食べないとはいえ、とんこつラーメンは嫌いではない。いちおうひと通りどんなものかわかってるつもりでもいた。だが、福岡と熊本と鹿児島のとんこつラーメンはそれぞれ別物だという。それに福岡県内でも博多ラーメン、長浜ラーメン、久留米ラーメンとバリエーションがある。このあたりの違いについてはまったく理解していない。

まずは東京都内でとんこつラーメンを食べ歩いてみることにした。驚いたことに、東京にはやたらとたくさんのとんこつラーメン店がある。だいたいどの街にもあるし、ちょっと大きな駅だと数軒のとんこつラーメン店がある。ターミナル駅など10軒を軽く越える。もしかしたらラーメン店としては都内で最も数の多いジャンルかもしれない。みんなどんだけとんこつラーメン好きなんだよ。

そこで気づいたのだが、都内のとんこつラーメン店は主に4つのパターンに分類されるようだ。

1.九州発の全世界的チェーン店
2.東京資本のチェーン店
3.九州の店の支店
4.九州出身者の個人店

他のパターンもあるとは思うが、ひとまずこの4つに分けてみた。

1はつまり『一風堂』と『一蘭』である。まずは一風堂から行ってみた。なにげに初めて食べる。

ひとくち食べて驚いた。ものすごく上品で高級感がある。洗練された高貴なとんこつラーメンだ。あっさりマイルドで、クリーミーだがスッキリしている。ビジュアル的にはそのへんのとんこつラーメンと変わりないが、中身はだいぶ違った。麺の茹で分けも完璧。価格もそんなに高くない。これは流行るのもよくわかる。おそらく品質的には最上級のとんこつラーメンだろう。

もう一方の一蘭は数年前に一度だけ食べたことがあるが、どんな味だったかは記憶に残っていない。

こちらは一風堂に比べるとだいぶジャンク感が強い。甘味もある。スープの色は白ではなく茶色がかっている。ふーん、こういうのもあるのか。普通の人が普通にイメージするとんこつラーメンとはちょっと違っているような気がする。

価格が高めで、卓上トッピング類が見当たらないので割高に感じる。店舗スタイルの斬新さで話題になるが、味よりもアトラクション的な楽しみ方をする店なのかもしれない。

この2店舗をベンチマークにして、他の店を手当たり次第に食べてみた。

2の東京資本チェーン店というのは、都内では最も頻繁に眼にするタイプだろう。だいたいの街で見かけるし、ターミナル駅だと何店舗もある。一般的に都内の人がとんこつラーメンとして思い浮かべるのはこのタイプの店であることが多いはずだ。東京資本と書いたが、訪れた中には静岡の会社の店も一軒あった。正確に言えば、九州に関係のない会社が経営しているとんこつラーメンチェーン店ということになる。

どの店のスープも驚くほどよく似ている。共通の業務用スープでもあるのかと思わせるほどだ。そして総じてしょっぱい。続けて食べるとすぐに飽きる。

システム的にも共通点が多く、卓上にはトッピング用の白ゴマ、紅生姜、辛子高菜が用意されている。昨今の物価高もあってか、替玉ひと玉無料は減ったが、それでもいまだに継続している店も多い。

驚くほど似ているとはいえ店によって出来不出来はあり、不出来なほうはとんこつラーメンが嫌いになるレベルの店もなくはない。

九州で人気の店が東京にも支店を出したのが3のパターンだ。それぞれに個性的なラーメンを提供していて、食べ歩いても飽きがこない。2のタイプに比べると薄味であっさりしていると感じた。中には福岡ではよくあるという居酒屋スタイルのラーメン店もあるが、居酒屋的に使うよりもラーメン店としての利用のほうがずっと多いように見えた。このあたりは文化の違いだろうか。

九州にある店舗と比較すると、東京店のメニューは少し違っていたりもする。九州の店では提供していないつけ麺も出していたり、同じ居酒屋スタイルでもつまみの種類が少なくなっていたりした。とすると、ラーメン自体も九州とまったく同じなのか、それとも東京向けにアレンジされているのかという疑問がわく。

4の個人店も3と同様であるが、より個性が強い。行列のできる有名店も数多くある。かなりバラエティに富んでいて、スープの色は白から茶色がかったものまで様々だ。総じてあっさり薄味だが、中にはかなりあっさりに振ったものや、あっさりしているが甘味の強いものもあった。こだわりの強い店主が作る個性的なとんこつラーメンだ。4のパターンを密かにクラフトとんこつと呼ぶことにした。

とんこつラーメン=味が濃いというイメージを持っていたがまったくそんなことはなく、むしろ薄味だと言える。背脂チャッチャッ系や家系ラーメン、二郎インスパイアなどの方がよっぽど味が濃い。昔ながらの醤油ラーメンは別として、東京のラーメンはかなり濃い味である。

とんこつ臭に関しては、2の店ではまったく感じなかった。このタイプの店でしか食べたことがないと、とんこつが臭うという実感はないかもしれない。しかし3や4の店の中にはとんこつの臭いが残ってる店もある。とはいえそれはほのかな臭いであり、臭すぎて食べられないというようなものではない。一軒だけ例外的にものすごく臭う店があったが、それはそれでファンが多く、その店の個性になっていた。

1から4までのラーメン店はほぼすべてが「博多ラーメン」か「長浜ラーメン」を標榜していたが、この二つの明確な違いはよくわからなかった。よくわからないのは2の東京資本とんこつのせいもある。これらの中にはおそらく名前だけ「長浜」を名乗ってる店もありそうだ。4のクラフトとんこつに限ると、博多ラーメンは白いスープ、長浜ラーメンはスープの色が茶色がかっていて透明感があり、よりあっさりしているように感じた。

博多及び長浜以外だと、3の中には久留米のラーメン店の支店や、熊本のラーメン店の支店があった。

久留米ラーメンはどろっとした茶色のスープで、かすかなとんこつ臭と甘味があった。どろっとしているものの味が濃すぎるということはなく。食べた感じとしてはすっきりした印象である。さわやかなポタージュといったところだろうか。熊本ラーメンのほうは、焦がしたニンニク油の香りが全体を完全に支配していた。これらはどれくらい現地スタイルなのだろう。鹿児島ラーメンについては、標榜している店を見つけられなかった。

さて、ここまではスープを中心に見てきたが、麺もさまざまだ。一般的なイメージだと、とんこつラーメンの麺は極細のストレート麺だろう。だが実際に食べるとそれよりやや太めの中細麺も多い。2の中には普通の中華麺の細麺を使用している店もあったが、あれは論外である。

注文時には、ほぼ必ず茹で方を指定することになる。いろいろ試した結果、普通が一番、というか普通一択だなと思う。最初は普通で替玉をカタにするのは無し寄りの有り。味は捨てて歯ごたえだけを求めるなら替玉をバリカタにするのも無し寄りの有り。だけどハリガネとかコナオトシは絶対に無しだ。あれは美味しくもなんともない。

古い知人の九州出身K君は、ラーメンの麺は硬ければ硬いほどカッコいい、もしくは偉いという思想の持ち主だったが、つまりハリガネやコナオトシはカッコつけに食べるものであって美食のためのものではない。4の店の中には麺の茹で方の指定ができず強制的に普通で出てくる店もあったが、あれも盲目的な硬い麺嗜好に対するクラフト店主の反発だろう。

ヤワもあるがヤワはさすがに柔らかすぎると思うので、やはり普通が一番である。

ただし普通といっても店によってバラツキがあり、だいぶヤワめで出てくる店もあった。初めての店ならまずは普通にして、やわらか過ぎると感じたら替玉をカタにするのがよいと思うが、カタにすると硬過ぎたりもするから悩ましい。硬過ぎるよりはやわらか過ぎるほうが美味しいのは間違いない。

極細麺を茹で分けるのは難しいのか、技術的にかなり低い店もあった。普通とカタとヤワにほとんど差を感じられないような店で、こういう店はやはり2のタイプだ。麺の茹で分けも一風堂は完璧すぎるくらい完璧だったので、まずはここで試してみるのがいいかもしれない。その後に訪れる店のレベルが低く感じられてしまうのが困りものだが。

最後にトッピングに関して。デフォルトでのっかってくるのは、薄くてたよりないペラペラのチャーシューと刻んだネギ。九州なので基本は青ネギだ。あとは店によっては千切りにしたキクラゲといったところだろうか。

デフォルトトッピングはさして味に影響ないが、問題は卓上のセルフで入れるトッピング類だ。だいたいの店では白ゴマ、紅生姜、辛子高菜漬けの3つが用意されている。店によっては味付けモヤシがあることもある。高菜の無い店もあるが、白ゴマと紅生姜はまず必ずあると言ってよい。

白ゴマはともかく、紅生姜や特に辛子高菜は、入れるとスープの味を支配してしまう。2以外の店は各店様々な個性のスープを作っているが、それがすべて同じになってしまうのでは意味がない。まずはトッピングなしで十分に食べてから味変するのを強く推奨したい。

替玉の弱点は必ずスープが薄まってしまうところだ。それを解消するためにラーメンのタレが常備されているものの、これを入れるとなぜかやたらとしょっぱくなってしまう。そこで、替玉したら高菜か紅生姜をどさっと入れて薄まったスープを補うのもよい戦略だ。2のタイプの中にたまにあるあまりにも美味しくなくて食べづらいラーメンには、最初から高菜をぶち込んでまぎらわせるという回避方法をとったものもあった。

都内でのとんこつラーメンの食べ方のコツをまとめると、食べに行くなら九州出身の店に限る。麺の茹で方は普通で、最初はトッピング無しで食べ始めるといったところだろうか。

これらの研究結果をふまえて、九州へ乗り込むつもりだ。