カレー風味のタレかつ丼

ちょうど一年前のGW、鳥海山から下山しての帰り道に冷たい肉そばを食べようと谷地に寄った時、店外にまで漂う油混じりの旨そうな匂いに山帰りの空腹が刺激され、思わずカツ丼を注文してしまったことがある。

ほんのり甘辛いソースのかかったそのカツ丼はとても美味しく夢中で食べ進めていたが、ふと気づいた。あれ?この香りはなに?

カツを齧ると微かなスパイスの香りが口中でふわっと香る。その香りは儚く、夢中で食べてる間には気付かない程度のものだった。だが確実に香る。勘違いかと思って意識を集中して食べてみたが、やはりスパイスの香りがする。

カレーっぽいといえばカレーっぽいのだがカレーとはちょっと違う、クミンを中心にしたテクスメクス的な香りだ。醤油ベースのソースはさっぱりとして主張し過ぎず、ほのかなスパイスの香りがやわらかに立ち上る。なんともエレガントだ。

薄い衣は肉にピタリと張り付いて、食べてる途中で剥がれるようなことはない。カラッと揚がったきめ細かなパン粉が淡いソースをじゅわっと受け止めている。よくよく注視すると、とんでもなく高度な技術力だ。これは蕎麦屋のカツ丼ではない。高級洋食店のコートレットである。

添えられている紅生姜がこれまた絶品だった。こんな紅生姜は食べたことがない。おそらくものすごく品質の良い生姜を使っているはずだ。自家製なのか、それともどこかで購入できるものなのだろうか。紅生姜の品質から推測して、肉も米も良いものを使っているのは間違いないだろう。それらがさりげなく完ぺきに調和している。

まったく想定していなかったカツ丼に出会って、大げさではあるが感動で震えた。

食後に気づいたのだが、駐車場の看板に「カレー風味のタレかつ丼発祥の店」とあった。確かにこれはソースカツ丼ではなくタレカツ丼と言うべきものだが、カレー風味とは少々違う。とはいえ他になんと呼んだら適切なのかわからないので、いたしかたないところだろうか。

谷地を訪れたら真に食べるべきなのは肉そばや肉中華ではなく、このカレー風味のタレかつ丼かもしれない。

このカツ丼、帰宅後も夢に出てくるほと食べたくて、ようやく一年ぶりに再会した。どんなものか知っているから初回の衝撃はないが、それでもやはりあまりにも美味しい。

このカレー風味カツ丼は周辺の店舗にも普及して、いまでは冷たい肉そばや肉中華と並ぶ谷地の名物となっている。実は発祥の店以外でも食べてみたのだが、明らかに市販のカレー粉を使用したカレー味だったり、醤油ベースのタレではなくソース味だったり、カツの衣がペラペラ剥がれたりと、あまり感心しないものにしか当たらなかったので、食べる時は必ず発祥の店へ行かれたし。