赤べこ発祥の地、会津柳津で玉子下敷き式ソースカツ丼を食べて裸詣りの寺に参拝した日 – 福島県 会津柳津

赤べこは木彫りの熊と並ぶ、もらってもあまり嬉しくはない昭和なお土産の代表だ。ゆらゆらと首が揺れる赤い牛の張子が、鮭を咥えた熊の木彫りとともに、実家の箪笥の上にも鎮座していた。

その赤べこ発祥の地が会津柳津なのだという。まったく知らなかったが、幹線道路の案内板にそう書いてあった。時間もあるので、通りがかったついでに立ち寄ってみた。

会津柳津は想像以上に小さな町だった。いちおうここが繁華街だと思われる場所には、数件の店舗が散在しているだけだ。

赤べこ推しなので、通りには赤べこのカットアウトが並ぶ。首が揺れる本物の赤べこを店頭に置いた土産物屋もあった。観光客もちらほら歩いている。

繁華街の外れの食堂で昼食を取った。

奥会津B級グルメとして推していたソースカツ丼は、見慣れたソースカツ丼とは違っていた。トンカツの下に卵焼きが敷かれている。

食べてみるとカツの下には卵がなかったので、おそらく小型のフライパンを熱してカツを置き、その周りに溶いた卵液を流して焼いたと思われる。これは、ソースカツ丼地域に卵とじカツ丼が誤って伝播したのだろうか。

食堂の壁には会津柳津の観光ポスターがベタベタと貼られていた。何気なく眺めていたのだが、その中の一枚に目がいった。

ふんどし一丁の男たちがローブを伝って梁によじ登っている。梁の上にもロープの下にも、ふんどし一丁の男たちが群がっている。会津柳津で1月7日に行われる裸詣りの様子らしい。舞台となるのは円蔵寺七日堂だと記されている。

町の外れの岩の上にかっこいい寺があったが、あれが円蔵寺だろう。後で行ってみよう。

会津柳津は小さな町だが、町のすぐ外を通る幹線道路沿いには道の駅があり、その向かいには市営の大きな無料駐車場もある。赤べこを買いに来る観光客がそんなにたくさんいるはずもなく、何のためにこんな広大な駐車スペースを用意してるのかわからなかったが、年に一度の裸詣りのためだろう。この日は、いつも静かな会津柳津にも多くの人が訪れるに違いない。

石段を登ると目の前が七日堂だった。ここでふんどし一丁の男たちが裸詣りを繰り広げる。

内部は暗く、香の匂いが立ち込めて厳かな雰囲気だ。毎年1月7日の夜になると、ここに裸の男たちの熱気が充満する様子は想像し難いものがあった。

岩の上の境内は思いのほか広く、見学して回るとけっこう歩くことになる。

境内には赤べこもあった。

400年前の会津地震では円蔵寺も被害を受けた。当時は町中にあった円蔵寺を、被害の少ない岩の上に再建しようとしたが、資材を運び上げるのが困難だった。そこへどこからともなく赤牛の群れが現れ、資材の運搬を手伝ったという。

それが赤べこ伝説の発祥だ。つまり円蔵寺は、裸詣りの舞台であり赤べこ発祥の地でもあるのだ。

あの見慣れた首振り赤べこにも、そんな謂れがあったんだ。

学生時代に初めて東北を旅した時には、なんだか懐かしくなって赤べこを購入した。その赤べこはとっくの昔にどこかへ行ってしまったが、今回はさすがに買うのはやめた。

2025年11月