ちたけ蕎麦 – 栃木県

栃木県民しか食べないキノコがある。「ちたけ」というそのキノコの旬は一般的なキノコの季節より少し早めの8月上旬で、直売所や道の駅で売られていることもあるらしいが、まだ一度も見かけたことはない。手に入れて調理してみたいと思っているものの、栃木県民が食べ過ぎたせいで近年は希少になってしまい、価格が高騰してマツタケ並だというから売っていても買えないかもしれない。

生ちたけはまだ見たことがないが、ちたけ料理を食べることはできる。外食で食べる場合は、ちたけ蕎麦になるだろう。

ちたけとナスを油で炒めて、油に溶け出したちたけの旨味をナスに吸わせ、そこへ出汁と醤油、みりんを注いでツユを作る。そのツユに蕎麦をひたして食べるのだ。

出汁に使われているカツオの風味もあるが、それを圧倒するほどに旨味が強い。これがちたけの旨味なのだろう。動物性の旨味ではないが、植物性とも少々違う。こう書くと誤解されそうだが、化学調味料のような無機質な旨味だ。純粋な旨味と言い換えてもいい。

ツユの中に沈んでいるちたけ自体は、干からびていて食べても美味しくはない。その代わりにナスが旨味を十分に吸っている。

これは蕎麦よりうどんの方が合うのではと思い、ちたけ蕎麦だけでなくちたけうどんもある店で試してみた。注文時には何度も本当にうどんでいいのか?と確認されたが、確かに地元民しかいないその店で自分以外は全員が蕎麦を食べている。

食べ比べてみた結果、蕎麦とうどんのどちらが合うかというと、どちらでもいいというか、どちらもなんとなく合わないというか、圧倒的なちたけの旨味に押されるというか、もっとピッタリの食べ方があるんじゃないかと思うけど、特に思いつかないから、ここは地元民を見習って蕎麦にしておくのがいいかもしれない。

ちたけ蕎麦というのは、ちたけを出汁に使ったつけ汁の蕎麦というのが通念だと思うのだが、時にちたけを具にしたかけ蕎麦が出てくることがある。これだと少々、いやかなりがっかりする。ちたけはなぜか食べてもそれほど味がしない。具にするよりも旨味を引き出して出汁に使ったほうがいい。

かけ蕎麦のちたけ蕎麦は避けたいのだが、今までに二回当たったことがある。冷と温でメニューが分かれていれば問題ないが、「かけ」「もり」「ざる」…と蕎麦でひとまとめになっていると、注文するのはギャンブルである。

ちたけの人気はやはりその強烈な旨味のためだろう。カツオ節や昆布が高価で、海から遠い山間部ではめったに口にできるものでなかった時代、ちたけの旨味は強烈に人々を惹きつけたに違いない。

栃木県といっても、ちたけを好んで食べるのは北部の山間だけで、平野の住民だとちたけを知らない人すらいる。山の住民にとって、ちたけは貴重な旨味の素だったのだ。

他に美味いものがいくらでもある現代に於いてなお、遠い昔に人々を魅了した旨味の記憶が、今でも続くちたけの人気として受け継がれているのだ。