山に登ってテレビを見に行く – 奥茶臼山

コメツガとシラビソの深い森。笹の下草。苔生した岩や倒木。静かでしっとり美しく、なんとも山らしい山だ。山を歩いてるんだなという実感が心の底から湧いてくる。

森林限界を超えた稜線の、厳しさと裏表の景観も素晴らしいが、深い森に抱かれた優しみのある山歩きもしみじみ良いものだ。

最初のピーク前尾高山を超えた。

シラビソ峠から奥茶臼山を目指して歩いている。山頂までは一方的な登りではなく、いつくかのピークを超えて行く。縦走感のある山歩きだ。

静かな山の深い森を、登って下って歩いていく。前尾高山を超え、尾高山を超え、奥尾高山を超えた。ようやく半分を少し過ぎたくらいだ。この後は岩本山を超えて、やっと奥茶臼山に向かうことになる。

まだまだ先は長い。そして風景はまったく変わらない。

コメツガとシラビソの深い森、笹の下草に苔生した倒木。ずっと同じ景色だ。超えてきた山頂も景色はまったく変わらなかった。ただ登り道から下り道に変わっただけだった。

いいかげん飽きてきた。しっとり落ち着いた静かな景色も、変化がないと飽きてくる。往復で20kmもあるのにずっと同じ景色だなんて、なかなか試される山である。まだ全行程の4分の1を過ぎたところだ。

奥尾高山から岩本山までも長かったが、ここから奥茶臼山も長い。相変わらず風景は同じだ。ずっと同じだ。無の境地で歩く。

5時間30分かけて10km歩き、奥茶臼山に到着した。奥茶臼山の山頂も、ここまでと変わらぬ景色だった。

奥茶臼山を目指して登ってきたが、今回の山行の本当の目的地はもう少し先になる。山頂を超えて、踏跡を辿って下る。前方に見えてきた平らな土地が目指す目的地に間違いない。次第に踏跡が怪しくなってきたが、降りられそうなところを探して下る。

着いた。そしてあった。テレビがあった。テレビ平だ。

登山口から5時間半もかかる山の中に、なぜだがテレビが残置されている。ずいぶん古いテレビだ。もちろんブラウン管でチャンネルはダイヤル式、それに木目調のキャビネット。昭和の遺物なのは間違いない。もしかしたら白黒テレビかもしれない。不法投棄されたわけではないだろう。ここまで来る間に、いくらでも捨てる場所はあった。稜線から谷底へ向けて投げ捨てるだけでいい。

かつてここにあったと思われる作業小屋のテレビだというのが通説だ。しかし、こんな山の中でテレビが受信できたのだろうか。発電機があれば電源はあるが、電波が届いているかどうかを確認する術はなかったはずだ。にもかかわらず5時間半かけてテレビを運んできたとするなら、どれだけテレビが見たかったのだろう。まあ他には酒を飲むくらいしか娯楽のない山の中だし、気持ちはわからなくもない。

他に何も残置物がないのに、テレビだけがポツリと置かれているのはシュールである。それが山深い地であるとわかっているのでなおさらだ。もしかしたら楽しみにしてテレビを担いできたのに、いざ見ようとしても電波が届いてなく、腹立ち紛れに残置されたのではないかなんて想像をした。

映らないテレビを眺めて時を過ごしていたが、雲行きが怪しくなってきた。まもなく雨が降るだろう。そろそろ下山しなくては。

またあの変わり映えしない景色の中を10km歩いて帰らなくては。

2026年8月