夏休みは北アルプスへ Day1 – 八方尾根
今年の北アルプスはコロナ対策という名の体のいい値上げで、ソロの場合は幕営料が3000円とありえない料金になったうえに、人気の場所は予約制という不便極まりない状況なので、絶対に行かない宣言をしていた。
しかし梅雨明け前のある日、なんの気なしに予約サイトを覗いてみると、なんとお盆期間中にもまだ空きがあるではないか。急いで縦走路中のすべてのテントサイトを予約してしまった。いいのだよ、主義主張にはこだわらない主義なのだから。あと、金で解決できることは金で解決する主義でもあるのだから。
というわけで、夏休みは北アルプスだ。
初日は八方からリフトで高度を稼ぎ、あとは宿泊地の唐松岳頂上山荘まで3時間半登るだけ。ちょろいぜと思っていたのに、一向に終わりが見えてこない。
昨夜は仕事を終えてから長時間運転し、わずかの仮眠で出発した。寝不足は体に堪える。体が重くて足が上がらない。それに殺人的な暑さだ。汗がとめどなく流れ落ちる。寝不足と暑さには弱いのだが、その両方に襲われている。
加えて、空模様もよろしくなく、気分も上がらない。早朝の厚い雲は時間が経つにつれて薄れてきたが、それはそれで直射日光にジリジリ焼かれる。
だが、なによりも距離の短さが、体の重い最大原因だろう。不思議なもので、距離が長かったり困難なルートだったりすると体は軽く動くのに、楽勝で終わるときは体は重く進みが遅い。いや、体を動かすのは心なのだから、なにも不思議ではないのかもしれない。登山に必要なのは気力と体力だと思っているが、どちらかひとつだけなら気力こそが重要なのだろう。
暑さで水の消費が速い。小屋で水を買いたくないので多めに担いできたが、なくなってしまいそうである。眠さは限界だ。どうにも眠いので、登山道の端に座ってうとうとした。横になると本気寝してしまいそうなので、体育座りのまま目を瞑った。
30分登ったら30分寝るようなペースなのでなかなか進まない。雪渓で休んだときは起き上がれずに1時間以上も寝てしまった。4リットルの水はすでに残り1リットルしかない。小屋までは持つが、明日の分は買わざるを得まい。
ふらふらになって唐松岳頂上山荘に到着したのは午後1時であった。CT3時間半のところを実に5時間以上かかってしまった。
小屋の物価は高騰していた。トイレ1回300円にはびっくりだ。水も1リットルで300円する。ミネラルウォーターではない、どこかで汲んできた水である。
幸にして、幕営地の下の雪渓からは、暑さのおかげで雪解け水がじゃぶじゃぶ流れていたので、ここで補給することができた。明日以降は水場があるはずだから、これで水を買わなくてすむ。水を買うと、自分以外の人の助けで登ったような気分になるから、できれば買いたくないのだ。同じ理由で山小屋で食事はしないし、ビールも購入しない。自分が飲み食いする分は自分で担ぎ上げるのだ。
テントを設営したら、もう動く気はなくなった。
唐松岳にかかっていた雲もすっかり取れた。五竜も剱も見えている。いま登れば絶景だろうが、唐松岳の山頂まで登る気力はもう無かった。
つづく