景鶴山

日本三百名山の中でも最難関の山のひとつとされている景鶴山、登るのが難しいのは登山可能な期間が極めて限られているからである。

景鶴山は、尾瀬ヶ原をぐるっと囲む山々のひとつで、原の真ん中あたりの北側に位置する。このエリアは、東西南とは異なり植生保護のため立入禁止だ。

では、どうして登れるのかというと、残雪期に雪の上を歩くならいいということになっている。公式にそうなっているわけではなく、おそらく黙認されているだけだろう。

雪があればいつでもいいというわけではない。鳩待峠へのゲートが閉まっている間は、行き帰りに余分な日数と労力がかかり、暇人と物好き以外には現実的でない。よって、4月22日のゲートオープンから雪解けまでが登山可能期間となるのだ。雪解けは、至仏山の残雪期利用期間終了をもって判断されているようだ。例年ではゴールデンウィーク後半までである。

景鶴山に登山可能なのは、4月22日から5月6日ごろまでの実質2週間ほどしかない。しかしこれも最大2週間であって、雪解けが進めば、至仏山の残雪期利用も早めに終了される。数年前には、ゲートオープン前に雪が無くなってしまい、登山可能期間ゼロという年もあった。

この短い期間に、自身の都合や休日と天気予報がぴったり合わないと登ることができないのだ。自由人ならまだしも、会社員にはなかなか敷居が高い。

そうして、数年来ずっとチャンスを伺っていたが、ようやく今年はそれが巡ってきた。

当初の予定では西側から攻めて、あわよくば平ヶ岳もと考えていたが、思いのほか雪解けが進んで猫又川を越えられそうにないので、見晴らしにテントを張って東側からピストンすることにした。

尾瀬ヶ原の端まで歩き、ヨッピ川にかかる橋を渡ったら取付きだ。ゴールデンウィーク中盤にもなると、しっかりトレースが付いていて迷うこともない。

急角度の雪の斜面を喘ぎ喘ぎ登っていく。

森林限界を超えて尾根が緩やかになると、まもなく与作岳だ。

ここからの眺めも悪くない。

与作岳から鞍部まで下ったら、景鶴山への最後の登りになる。ここからが核心部だ。

危険があるとしたら、最後の痩せ尾根くらいだろう。思ったより狭くて急で、ガチガチに凍っていればアイゼンとピッケルを効かせて登れるが、気温が高く雪が緩んでアイゼンの刃が刺さらない。ずりずり滑るので、気が抜けない。

痩せ尾根を過ぎると山頂に到着する。最高地点はもうひとつ先の岩峰らしいが、そちらは藪に覆われていて、この手前のピークのほうが山頂らしい山頂になる。

ここからは尾瀬が一望できる。

左手に燧ヶ岳、右手には至仏山を従えて、眼下には尾瀬ヶ原。手を広げると尾瀬をすっぽり抱え込むようだ。

気分が良くてずっと眺めていられる。

しばらく山頂にいると、入れ替わり立ち替わり登山者がやってくる。バリエーションルートといえども、なかなかの人気ルートである。

痩せ尾根は下山時の方がはるかに怖い。急角度でずりずり滑って止まらない。左右は切れ落ちている。慎重に慎重に降りていく。

鞍部まで下れば、あとは危険なところもない。

急ぐこともない、のんびり帰ろう。

2022年5月