松阪牛のホルモン焼き

松阪に来たのだから、もちろん松阪牛を食べる。霜降りの牛肉ならすき焼きが最適だが、今回は焼肉にした。理由はある。

学生時代に読んだ開高健のエッセイで松阪牛のホルモン焼きの美味しさが滔々と語られていて、それを読んだ貧乏学生の私はいつか食べてみたいと思い続けていたのだ。

開高健によると、松阪駅の裏手には焼肉屋が密集しており、松阪牛を食べさせる店、松阪牛ではない肉を食べさせる店が混在しているらしい。見分け方は地元客で賑わってるかどうかだという。どの人が地元客でどの人が観光客なのか、なかなか難易度の高い見分け方だ。

この日は休日で駅裏の焼肉屋街はほとんどの店が閉まっていたので、駅の表側の焼肉屋へ向かった。メニューを見ると松阪牛もあれば、そうではない牛肉もある。メニューを分けてあるのだから信頼できそうだ。ホルモンにも松阪牛があると確認して入店した。

まずは牛肉からだ。

見るからに美味しそうな霜降り牛肉を七輪で焼いて食べる。豊潤な脂が炭火に滴り落ちて炎が立ち上る。視覚から嗅覚から食欲を刺激される。

年季の入った店内は狭く、客と店員でひしめき合っている。肉を焼く煙と焼けた肉の匂いと人々の熱気が充満している。この雰囲気も美味しさにひと役買っている。おしゃれな店内と無煙ロースターでは出せない味だ。

ほどよく焼けた松阪牛を口に入れると、脂がとろりと溶けて舌を潤し、なんとも旨そうな香りが鼻腔に抜けていく。

開高健のエッセイを読んだ当時は貧乏学生で、松阪牛なんて夢のまた夢だった。それが今こうして松阪牛の焼肉を堪能しているのだ。感慨深いではないか。

松阪の焼肉は味噌ダレで食べる。味噌ダレというから甘くて味の濃いものを想像してたが、すっきりした淡い味わいで、肉の旨味を邪魔しない。

どんどん肉を追加してどんどん焼いて食べる。旨い牛肉を食べると脳内にドーパミンが溢れ出し、多幸感に包まれる。

続いてホルモン焼きだ。

メニューには上タン、上ミノ、中ミノ、黒ミノ、テッチャン、ホルモンと各種部位があったが、ひとつづつ注文すると相当な皿数になってしまうので盛り合わせ的なものにした。盛り合わせの中身は、マルチョウにシマチョウ、レバー、センマイといったところだろうか。ホルモン焼きは最初から味噌ダレに浸かっている。

早速焼いて食べてみる。

ひと切れ食べて驚いた。松阪牛のホルモンにはホルモン感がまったくない。ホルモン独特の毒気がなく、清廉で透明な味わいだ。これが開高健が絶賛した松阪牛のホルモン焼きか。実に上品なホルモンだ。

ホルモンミックスをお代わりして、もうひと皿追加した。

地元民が松阪牛焼肉に合わせる酒は、うめ割りだという。

うめ割りをお代わりし、肉を追加し、うめ割りをお代わりし、肉を追加し…。

多幸感に包まれた松阪の夜が更けていく。

2025年9月