「とんてき」の美味しさと食べにくさについて – 四日市
「とんてき」は四日市のローカルフードとして世間に広まり、最近では都内でも食べられる店が出現した。だが、ひと昔前までは地元だけのマイナー料理で、近隣県で生まれ育った私もその存在を知らなかった。初めて食べたのは数年前だ。
初めて食べたお店がとても良かったのもあって、すっかり「とんてき」好きになった。

厚切りの豚肉は思ったよりも柔らかい。高温でガリっと揚げ焼きにしてから蓋をして蒸すことで火を通しているようだ。肉は肩ロースだろうか、赤身が多めで旨みが濃い。ソースは酸味があって甘味の少ないクラッシックなタイプだ。ニンニクがごろごろしているが、見た目ほど強烈な味わいではない。むしろ上品である。
何軒かで食べたが、ソースはどこも同じような味だった。それでも出来上がりには優劣がある。肉を焼いてソースをからめるだけだから料理としては単純だ。その分、肉質と焼きの技術に左右されるのだろう。

問題はカットの仕方だ。
ギリギリまで深く切り込みを入れているが、切り離してはいない。端っこで繋がっているのだ。手のひらのように広がった見た目から、グローブカットと呼ぶらしい。
なぜこんな切り方をするのか。切り込みを入れることで火の通りが良くなり、ソースもからみやすくなるというもっともらしい理屈も考えられるが、これはおそらく箸で食べるためではないかと推測した。ステーキなんだから本来ならナイフとフォークで食べたいところだが、戦後まもなくの地方都市ではそういうわけにもいかない。茶碗のごはんとお椀の味噌汁がセットになるのだから、やはり箸で食べる必要がある。

確かにグローブカットなら箸でつまみ上げられる。しかし、わずかに繋がった部分を箸で切り離すことができないので、結局は齧り付いて噛み切ることになる。かなり食べにくい。ナイフとフォークが欲しくなる。やはりみんな食べにくいのだろう。完全に切り離してバラバラに焼いてもらうこともできる。その場合は「とんてき」とは言わずに「こま焼き」や「コマギレ」と呼ぶようだ。
いくら箸で食べようとも、どんなに深く切り込みを入れようとも、たとえ食べにくかろうとも、ギリギリで繋がっているのが、「とんてき」がステーキであるアイデンティティなのである。




