汚れてしまった悲しみに、今日も光の降りそそぐ – 南天山

奥秩父に南天山という山がある。知ってる人は知ってるかもしれないが、登ったことある人はあまりいない。登山地図にも載っていて登山道のある山なのだが、登る人が少ないのは場所のせいだろう。南天山は両神山よりさらに奥、秩父の最奥部にあって登山口までが遠い。

山頂まで3時間ほどで往復できてしまうのもマイナスポイントだ。山頂からどこかへ縦走するルートもない。秩父の奥の奥まで行って3時間だけ登山して帰ってくるのは、なんだか損した気分になるだろう。だったら両神山や雲取山に、あるいはがんばって和名倉山や甲武信岳に登るほうがいい。

そんな忘れられた山、南天山はやはりどうしても後回しになってしまう。存在を知ってから何年も経ってしまったが、前回の登山で体力の衰えを痛感したので、今回は軽めの山がいいかなと思い、登ってみることにしたのだ。

中津川の集落を過ぎると道路はどんどん心細くなっていく。この先に集落はないはずだ。雁坂トンネルが開通するまで山梨へ車で抜けることはできなかったので、この道もどこかで行き止まりになる。用がある人しか使わない道なのだ。当然ながら、他に走ってる車はない。

先に進んで大丈夫なのかなと不安になった頃、登山口の鎌倉沢橋に到着した。路肩に車を停めて登山を開始する。

まずは沢沿いに登っていく。登る人が少ないから登山道もあまり手入れされてないだろうと予想していたがそんなことはなく、沢沿いなのにそれほど荒れてもなくて歩きやすい。

山頂への道は沢の途中で二手に分かれる。そのまま沢沿いを登っていく沢コースと、山腹を九十九折りに登っていく尾根コースの二つだ。どちらで登っても山頂直下で合流する。沢筋が荒れていたら無理せず尾根を登るつもりだったが、なんということもないのでそのまま沢を詰めていった。沢の源頭から尾根に出て、そのまま歩きやすい稜線を登っていくと山頂だった。

山頂からの写真は見たことがなく、もしかしたらもっさり山なのかもと思っていたが、意外と眺めも悪くない。両神山や甲武信ヶ岳が間近に見える。

うん、まあまあだな。

帰りは尾根コースで下山した。

沢コースと再び合流して登山口へと下っていくと、この日初めての登山者と遭遇した。二人組のおじさんで、見たところ登山者風ではない。そのへんをちょっと散歩するような格好だ。

片方のおじさんが満面の笑みで話しかけてきた。

「いやー、いいところですねー。ほんとにいいところですねー」

そんなにいいところか?別に普通じゃね?と心の中で思ったが、すぐに思い直した。

空は青く木々は緑に輝き、風は清廉で沢には透明な水が流れている。これをいいところと言わずして、どこがいいところなのだろうか。

おそらくおじさんは登山なんてほとんどしないのだろう。自然に身を置く機会も多くはないのかもしれない。森羅万象の輝きに魅せられているのがひしひしと伝わってくる。

対して自分はどうだ。簡単に登れたし、たいした山でもなかったななんて思ってはいなかったか。下山しても午前10時くらいだから、まだ他で遊べるななんて考えてはいなかったか。あぁ、すっかり汚れてしまったではないか。センス・オブ・ワンダーはおじさんにこそあって、自分からは失われてしまったのではないか。

いつでもどこでもどんな時でも、子供のような純真さと世界に対する畏敬の念を体全体から発散していたあのおじさんのようにありたいものだ。

2025年6月

奥秩父

Posted by azuwasa



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