年越しナイトハイク 2015-2016 sect.2

西野々から焼山、黍殻山を超えて、まずは蛭ヶ岳を目指す。

登り始めてすぐに、下山してきた男女二人組の男性から声をかけられた。

「こんな時間からどこへ登るんですか」

少々、咎めるような口調だ。まあ、しかたあるまい。

海まで…と答えたが、「蛭まで?」と聞き返された。
しかたないので、わかりやすく言い直す。

大山まで…。

「ええ〜!ええ〜!ええ〜!」

鋭く細い目つきが大きく見開いた丸い目玉になり、大声を出して驚いている。
まあ、しかたない。彼の常識の範疇ではなかったのだろう。

その後も「どうやって行くんですか?」「夜通し歩くんですか?」などなど、矢継ぎ早に質問されたが、常識外のことを丁寧に答えても本質は伝わらないだろう。
余裕ですよ…と軽く答え、ニヤリと笑ってその場を立ち去った。

登山の常識とされていることはいくつもある。明るいうちに到着しなければならないとか、一時間に一回休憩を取れだとか、歩幅はどうのとか、フラットステップとか、行動食はとか様々だ。

しかし常識なんていうのは、広くおしなべて平均的に問題ないラインを提示してるに過ぎない。常識は常識として尊重はするが、それに囚われてしまうのは愚かしい。
常識で壁を作り、その外側へ出ようとしないなら、その外側の世界を見ることはない。人はそもそも自分の考えの範疇でしか行動できないのだ。
やってもできないことはあるだろう、でもやろうとしなければ、新たな世界の存在を垣間見ることすらない。

人生は自分の発想しだいで、いくらでも楽しくすることができる。

1時間50分で焼山到着。巻道もあったが、やはりここはピークを踏んでおく。

さらに先の黍殻山にも、やはり巻道があったが、山頂へ至る尾根道を登った。

しだいに薄暗くなってきた。日帰りだとそろそろ焦るところだが、全くそんな気持ちにならない。なにせ、再び明るくなるまで歩くんだから。覚悟ができていれば、動じることもない。

やがてあたりは闇に包まれた。遠くの夜景がきれいだ。

姫次に到着し、暗闇の中、腰を下ろして休憩を取る。

記録的な暖冬で、この日も暖かった。というか暑いくらいだった。早朝は多少着込んでいたが、すぐに気温も上がり、ずっと長そでTシャツ一枚のみで歩いている。
体温が高く、着込んで登るとすぐにオーバーヒートしてしまうので、山を歩く時はなるべく体温が上がらないように注意している。

夜になり気温も下がってきたが、まだまだ冷え込んではいない。風もさほどではない。立ち止まるとさすがに寒いが、歩いてる分にはちょうどいい。少し迷ったが、この先は登りが控えてるので、山頂まではこのままTシャツ一枚で行くことにした。

あまり長時間休んでいると本格的に体が冷えてしまう。5分ほど休憩して再び歩き出した。

今回のルートで歩いたことのないセクションは二ヶ所ある。石砂山から蛭ヶ岳と、ヤビツ峠から大山だ。
後者は距離も短いし登山者も多く、どうということはないだろう。問題は前者である。

夜明け前からスタートしても、明るいうちに蛭ヶ岳にたどり着くことはできない。初めての道のナイトハイクは、少々ためらわれた。
時間をずらすことも考えたが、それだと二つの夜明けを山頂で迎えることができない。それじゃあダメ。やっぱり行くしかないかと予定通りで決行したのであった。

姫次からはだらだらと緩やかなアップダウンが続き、しばらく進んでようやく蛭ヶ岳への最後の登りにさしかかる。
地形図を見る限り、最後の200mは急な登り坂である。いったいどんな道なのだろう。暗い中で歩いて危険はないだろうか。そんな思いで登り始めた。

が、しかし、なんと、驚くことに、全域にわたって木製の階段がしつらえてあった。歩きやすい、でも拍子抜け。さすが丹沢、笑かしてくれる。

こうして思いのほかあっさりと蛭ヶ岳山頂に到着した。
ここまで14時間、いいペースである。

ヤマ場は越えた…とこの時は思っていた。