This is it – 甲斐駒ヶ岳 / 仙丈ヶ岳
静かだ。テントもまだ三張りしかない。真夏の大混雑とはえらい違いだ。
仙流荘からのバスが北沢峠まで行く最後の週末。すでに広河原からのバスはない。小屋も一週間前に営業を終えている。この週末が、静かな南アルプスをお手軽に満喫できる唯一の機会となる。
北沢峠でのんびりするのも悪くないが、せっかくのド快晴なんだから山にも登っておくことにした。
初日は甲斐駒ヶ岳へ。
積雪もたいしたことなさそうだったので軽装備で登る。
青い空に白い頂きが映えている。
鋸岳への稜線を目の前にすると感慨深い。今年はあそこを歩いたんだよな。何度も歩きたくなる素晴らしい稜線だった。
いつもと違って静かな山頂だ。ここに来るの今年は三回目だな。ここに来るといろんなことを思い出す。
だれも歩いていない雪の上に、足跡を付けて歩き回った。
翌日は仙丈ヶ岳へ。
前日に甲斐駒から見たところ仙丈はそこそこ雪がありそうだったので、雪山装備で登ることにした。
二合目を過ぎると徐々に雪が現れ、次第に深くなり、森林限界を越えた稜線はすっかり冬の山だった。
綺麗だな。
薄っすら雪化粧した小仙丈カール。うっとりする眺めだ。
振り返れば、甲斐駒から鋸岳への稜線。
何度見ても気持ちが高ぶる。
小仙丈ヶ岳から仙丈ヶ岳へと雪の稜線を進む。
全ての音が吸収され、凛とした静寂に包まれている。冷たい空気が皮膚を刺す。光の粒がキラキラ輝き、風が優しくそよぐ。周囲の全てが語りかけてくる。自分と自然を分け隔てていた境界線が消えていく。主体も客体もない。あらゆる全てはひとつである。時間も空間もない。あるのは、いまここだけだ。この瞬間が登山の全て。
宇宙の祝福をうけて山頂に到着した。
体の奥から熱い何かがゆっくりとこみ上げてくる。
来てよかったな。うん、来てよかった。
静かな北沢峠と静かな南アルプス。また来年もこの頂きに立とう。