七国峠と八国山
夜に外せない予定が入ってしまった土曜日の朝。天気が良いからどこか登りに行きたいのに、あまり遠出もできず悶々としてたのだが閃いた。そうだ、多摩100山の残りに行こう。それなら家から近くて行程も短いので、夕方には帰ってこれる。
多摩100山には奥多摩の山々以外にも、市街地にある山とは言いがたい山が十数ヶ所も入っている。わざわざ行くような場所でもないし、いつでも行けるからと放置してたのだが、こんな日にはうってつけだ。
確認してみると、行ったことないのは4カ所あった。意外と登っているが、これはコロナ禍で暇な時に、家から歩いたり走ったりして行ったからだ。すぐに飽きてしまい、コロナ禍も収まってからはすっかり遠のいていた。

残り4カ所のうち、なるべく行程の短そうな相原七国峠へ行くことにした。さすがに家から歩いたり走ったりするような酔狂なことはできないので、近くまで車で行く。
山道の入口の案内板によると、かつては七国峠越えが津久井と八王子を結ぶ唯一の道だったそうだ。ここも絹の道の一部なのだ。

かつての街道を進んでいき、峠を越える手前で道を逸れて登ると、山頂っぽいところに出た。立派な神社もあり、いかにも山頂なのだが、ここは大日堂というらしい。七国峠の案内板もあるのだが、ここが目的の場所なのかどうかよくわからない。

街道筋にもどり、少し進むと七国峠だった。ここはT字路が二つ組み合わさった交差点になっている。まあ、なんてことないただの道だ。山頂らしさはもちろんない。なにせ山頂ではなくただの峠なのだから。
七国峠の名の由来は、ここから武蔵、相模、甲斐、信濃、安房、下総、上野の七つの国を望むことができたからだそうだが、現在は樹林に埋もれていて、なにも見えなかった。

翌日、ゆっくり起きて、のそのそと出かける。今日は八国山へ行く。
東村山市の北山公園は菖蒲で有名で、花の季節はたいへん賑わう。すでに菖蒲は終わっていて枯れた花がわずかに残っているだけだったが、それでも天気の良い日曜日だからか数多くの人が訪れていた。八国山は、この北山公園の裏山になる。
私も20年くらい前に菖蒲の時期に来たことがあるが、その時は裏山には登らなかった。今回が初登攀だ。

八国山一帯は八国山緑地として整備されている。これはもう山ではなく公園だろう。なにせ標高は89mしかない。我が家よりも低い。
ベンチや広場があり、子供たちや家族連れが楽しげに遊んでいる。稜線上の道を歩けば、すぐ下に民家が見える。

こんなところでわざわざ山頂を目指す酔狂人もそうそういないから、どこが山頂なのかよくわからない。地形図を見ながら、おそらくここだろうと特定した。もちろん山頂表示などはないが、新田義貞が鎌倉攻めの際に旗を立てたという将軍塚の碑があった。

八国山の名の由来は、ここから駿河、甲斐、伊豆、相模、常陸、上野、下野、信濃の八つの国を望むことができたからだそうだが、現在は植物に覆われて、まったく展望は無かった。
2026年5月





