月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり – 羽黒山
羽黒山には、学生時代に初めての東北旅行で来たことがある。記憶は断片的だが、国宝の五重塔を見てから石段を登って参拝したので、今から登ろうとしているのと同じコースだったはずだ。
記憶では入口付近に羽黒山から月山を経由して湯殿山までの徒歩ルート地図が掲げられており、ここから歩いて月山や湯殿山まで行けるんだ、いつか歩いてみたいものだなと思ったのだが、周辺を探してもそんな地図は見当たらなかった。撤去されたのだろうか、それとも記憶違いだろうか、なにせ30年以上も前の話だ。

隋神門をくぐると空気が変わった。
杉の大木に覆われた森は薄暗く、門前の明るさとは対照的だ。神秘的と言ってもいい。気持ちがピリッと引き締まる。

国宝の五重塔は30年前と同じようにそこにあった。
平将門の創建と伝えられる五重塔だが、現在の塔は600年前の再建だと言われている。そして20年に一度の屋根の葺き替えを終えたばかりだ。
同じように見えても、ずっと同じものなんてないのだろう。

山頂の社殿を目指して石段を登っていく。
この石段がやたらと長い。どこまでも続いている。30年前はこんなに長くはなかった…なんてわけはないから、同じだけの石段を登ったのだろう。石段が長かったという記憶がないのは、あの頃は今よりずっと体力があったということだ。30年も経てば、人はずいぶん変わってしまう。
しとしとと雨が降り落ちて、神秘的な雰囲気をいや増している。
石段を登り切ると豪壮な社殿が目に入った。三神合祭殿と呼ばれるこの社殿には、羽黒山、月山、湯殿山の三神が合祭されている。山頂にあるとは思えない壮大な社殿だ。

松尾芭蕉は奥の細道の旅で出羽三山を訪れている。羽黒山では五重塔を拝観し、石段を登って三神合祭殿に参詣した。
芭蕉が訪れた当時の三神合祭殿は、いま目にしているこれと同一ではない。当時の社殿は火災によって消失した。現在の三神合祭殿は今から208年前、芭蕉が訪れた129年後に再建されたものだ。
この社殿にまったく見覚えがない。すっかり忘れてしまったのだろうか、それとも30年前は五重塔だけ見て、ここまで登ってない? いやいや、いくらなんでもそんなはずはないだろうと思うものの、今となっては確かめる術もない。

車で上がることもできるので、社殿の周辺は賑わっていた。駐車場には観光バスも停まっている。石段を登って参拝する人も少なくはなかったが、その比ではない人出だ。
ところで山頂はどこになるのだろう。周辺をうろうろしたものの、それらしき表示は見つけられなかった。まあ、このあたり一帯が山頂だということにしておこう。
再び石段を下って、隋神門まで降りた。

こうして人生二度目の羽黒山は終わった。月山には昨年初めて登った。あとは湯殿山だ。30年前に訪れたかどうか、訪れたような気もするけど記憶にない。実際に行って確かめてみたいが、仮に見覚えがなかったとしても、初めて来たのか以前にも来たけど忘れてしまったのか判別できない。
己の記憶がどれほど不確かなものなのか、ひしひしと思い知らされる。
2025年10月





