茅葺き屋根の宿場町に、今も佇む人がある – 福井県 板取

近江から栃ノ木峠を越えて、あるいは木ノ芽峠を越えて越前に入ると、最初の宿場が板取になる。板取は今庄宿の8キロほど手前にあり、ここが越前国の玄関口なのだ。国境に近いため、板取には関所が置かれていた。

本宿ではないものの、国境の峠越えをひかえた地理的条件から、七軒の旅籠に三軒の問屋と三軒の茶屋があり、総戸数五十三戸と、まずまずの賑わいがあったようだ。

現在の板取はまったくの寒村である。寒村というか廃村だ。昭和五十年に正式に廃村となり、最後まで残っていた十戸の住民も村を離れた。

江戸時代の五十三戸の民家も、明治以降の国道の整備などによりそのほとんどは消えてしまった。わずかに四戸のみが、かつて街道だった石畳の両側に並んで残っている。

四戸はすべて入母屋の茅葺屋根で、その内の二戸は妻側の屋根を切り上げた兜造りだ。

実に立派である。見惚れてしまう。

四戸のうちの三戸は保存状態もあまり良くなく、ほぼ廃墟だったが、一戸だけは様子が違った。

人が住んでいる建物はわかるものだ。この一戸だけは他と違う。

建物はきちんと手入れされていて破損している箇所も見当たらない。よく見ると、この一戸にだけは表札が掲げられている。玄関前に並んだ植木鉢も手入れが行き届いていて、放置されている様子は微塵もない。プロパンガスも用意されており、薄暗くなったら玄関灯が灯ったので電気もきているようだ。

どんな人が住んでいるのだろう。廃村になり村を離れたのち、再びもどってきたのだろうか。それとも頑固にずっと居残ってきたのか。いやいや、廃村になったのは五十年も前だ。当時の頑固ジジイはさすがに他界しているだろう。

話を聞いてみたい気もしたが、さすがに玄関を開ける勇気はなかった。しんとしているので留守だろうか。しばらく待って、どなたか現れないかと期待したが、玄関が開くことも、だれかが帰ってくることもなかった。

夜の帳が静かに下りてきた。

2025年10月

福井県宿場町

Posted by azuwasa