たちどまり いまきた道をふりかえる 秋の終わりの尾瀬の夕暮れ
秋の尾瀬。草紅葉の湿原。浪漫な響き。
草紅葉っていうと聞こえはいいけど、つまりは草が枯れていくところ。
まあ、でも、きれいですけど。
黄金色の湿原は、青々とした初夏の尾瀬とは全くの別物。
あの瑞々しさや力強さは消え、哀愁と寂寥がしっとり沈んでいる。
これから冬に向かう一歩手前の、滅びゆく美しさが。
美しさの中に一抹のさみしさが。
「いや〜、きれいだな〜。きれいですね〜。尾瀬は天国だなあ〜。あぁ、天使のはしごですよ〜〜」
湿原の向こうから歩いてきた兄ちゃんが、オーバーアクション付きの大声で話しかけてきた。
彼はまだ若い。秋の尾瀬を見て、素直にただきれいだと言える。彼の人生は夏の真っ盛りだ。
「きれいだな〜、いや〜、きれいだ。逆光だけど、きれいだな〜」
いや、それ関係ないから。というか、逆光だからこそきれいなんでは?
逆光は勝利!という格言が頭に浮かんだが、若い彼には通じないだろうから黙っていた。
「いや〜、きれいだな〜、ぼくが死んだら、骨は尾瀬に撒いてほしいな〜」
若いわりには言うことが爺臭いな…。
秋は好きだけど好きじゃない。人をさみしくさせるから。
夕暮れも同じ。
草紅葉の湿原が、夕暮れの斜めの光で染められてゆく。黄金色の輝きが、よりいっそう華やかに。そして、寂しさもより深く。
先ほどの兄ちゃんは感動を全身で表しつつ、湿原の向こうへと歩き去っていった。
今夜は竜宮小屋あたりに泊まるのかな。小屋でもあの調子だと周りは苦笑いだけど、そんなことを気に留めるタイプでもなさそうだ。
夏の真っ盛りを大いにエンジョイしてくれ。
季節は巡るけど、人生の夏は一度切りなのだから。