冷やし中華発祥の街、仙台で冷やし中華を食べ歩くの巻
氷水で冷やした中華麺に細切りのきゅうりやハム、錦糸卵などを整然と並べ、酸味のある醤油ダレをかけた冷やし中華、各店各地で具の種類やマヨネーズの有無などに多少の違いはあるものの、ほぼ全国統一フォーマットだ。例えばラーメンのバリエーションと比較したら、冷やし中華の多少の違いなど誤差の範囲である。

名称も「冷やし中華」でほぼ統一されている。西日本では「冷麺」という呼称が一般的だが、これはおそらく「冷やし中華」の短縮形が定着したのだろう。冷やし中華麺だから冷麺。アイスコーヒーが冷コーになるようなものだ。北海道で冷やし中華のことを「冷やしラーメン」と言うのは、冷やし中華の伝来時に「中華そば」という言葉が一般的ではなかったため、ラーメンに置き換わったと思われる。
全国的な均一性から考えると、冷やし中華は各地で独自に発生発展したのではなく、あるいはカツ丼のように概念だけが伝播してイマジネーションで作り出されたものでもなく、あるひとつの完成形が全国に普及したと推測するのが妥当だろう。
龍亭
冷やし中華発祥の街仙台の、発祥の店とされるのが『龍亭』だ。龍亭の冷やし中華には「涼拌麺」という名が付いている。涼拌麺というのは歴とした中華料理だ。冷やし中華の元ネタなのかもしれないが、冷やし中華とは似て非なるものである。
涼拌麺は冷たくない。茹でた麺を冷ましただけの常温だ。水で〆てもない。冷やし中華のように整然と具を並べることはなく、中華料理的なものが雑にぶっかけられている。タレは黒酢風味であったり、ピーナッツソースであったり様々だ。「拌」という字は「混ぜる」という意味であることから分かるように、ぐちゃぐちゃ混ぜて麺と具とタレを一体化させて食べる。
現代の中国や台湾には日本の冷やし中華と同じ料理が存在するが、その名称は「日式涼麺」である。中国人も、冷やし中華は日本の食べ物と認識しているのだ。

龍亭の涼拌麺こと元祖冷やし中華は具が別盛りになっていた。これだけでなんとなく高級感がある。具は、錦糸卵、焼豚、きゅうり、ハム、蒸し鶏、くらげ。麺には海老とレタスが添えられている。くらげと海老で高級感が増している。
酸味の効いた醤油ダレには、はっきりした甘味があった。おそらく初めからこの味ではなかったはずだ。長い歴史のどこかの時点で、当時最新の嗜好に寄せてきたのだろう。

休日だからもあるだろうが観光客でたいへんな賑わいで、店を出た時には長蛇の列ができていた。
美香園
二件目は美香園、繁華街の一角にある老舗感あふれた中華料理店だ。
ビールのつまみに焼豚を注文したところ、紅糠で赤く縁取られた伝統的かつ本格的な焼豚が出てきた。決して高級な店ではなく、庶民的な雰囲気にもかかわらず、料理に気品がある。

冷やし中華も品格を備えていた。具には、先ほどの焼豚の他にくらげや蒸し鶏、甘く煮た椎茸、立派な海老に蟹の爪まである。

この店に限らず、仙台の冷やし中華は高級寄りの料理のようだ。軽い食事というよりも、前菜あるいは宴会の〆に向いている。もちろん冷やし中華をアテに一杯やるのも悪くない。
燕来香
最後に訪れたのは燕来香、オフィス街のビルの地下にあって繁華街からは離れているので、休日夜の店内は静かだった。台湾料理を謳っているものの、メニューをざっと見た限りでは台湾っぽさは見当たらない。普通に高級な中華料理店だ。
燕来香の冷やし中華は胡麻ダレだった。胡麻ダレといっても、いわゆる胡麻ドレッシング的な味からは遠く、胡麻感の薄いさっぱりした仕上がりだ。
胡麻ダレの冷やし中華は、全国画一の冷やし中華界における唯一と言っていいバリエーションになる。胡麻ダレの冷やし中華がいつごろ登場したのか定かではないが、比較的新しいものだとの印象がある。醤油ダレの冷やし中華の後に、別系統で生まれたものだろう。
実は、冷やし中華発祥の店である龍亭には胡麻ダレもあって、醤油ダレと選べるようになっていた。これもおそらく、胡麻ダレが広まって後に取り入れたのだと思われる。

燕来香で紹興酒を注文すると、専用の小さなポットに入った紹興酒がザラメとともに配膳された。
そういえば昔は紹興酒にザラメや氷砂糖を入れて飲んだな、すっかり忘れていたよ。すでに途絶えた風習かと思っていたが、こうして地方で生きながらえているのに出会うと、なんだかとても嬉しくなる。

仙台の中華料理、ざっと食べた感じでは、優雅でクラッシックな日本式の中華料理が受け継がれ、洗練されているようだった。
有名店は他にも数多い。他の店も訪れて、冷やし中華以外にも様々な料理を味わってみたい。
2025年8月






