地図の罪 – 春日山 / 滝戸山

春日沢ノ頭を超えて鞍部へと下ると、未舗装の林道と合流しました。

すぐ先の林道終点には電波塔があります。この電波塔の管理のために作られた林道なのでしょう。

電波塔の横を通り過ぎ、山道に入ると、地面にまっすぐな棒が立っているのが見えました。

ん? まさか? いや、まさか…。

まさかとは思いましたが、山梨百名山の標柱でした。ここが春日山の山頂なのです。

うーん、なんとも微妙な山頂です。というか、ピーク感が全くありません。標高1235mの春日沢ノ頭から118m下り、そこからわずかに登った1153m地点です。山頂標柱は、平坦な道の途中にポツンと立っているだけ。木々に囲まれて展望もありません。

先ほど通過した春日沢ノ頭のほうが、よほどピーク感がありました。春日沢ノ頭には「春日沢ノ頭」という表示の他に、「春日山(崩山)」と書かれた山名版もかかっていました。

ここを山頂っていうのはいくらなんでも…標高も春日沢ノ頭より82mも低いし…と、もやもやした気分で、先へ進みます。

黒坂峠まで下ると、急傾斜でザレた登りが始まりました。踏み跡は薄く、どこが道なのかわからないので、ずるずる滑りながら直登していきます。

そうして登りきったところが…。

「春日山(新倉の頭)」という表示の「春日山」の部分が削られており、マジックで「名所山」と書き加えられています。ここを春日山とだけは認めないぞという強い意志を感じます。

すぐ横には、もっと古い山名版があり、「山梨百名山 春日山最高点」と記されている下に「名所山(旺文社 国土地理院でも)」と書き加えられてました。

うーん、どうなんでしょ。

旺文社の地図は国土地理院の地形図の丸写しで、地形図の山の位置はズレていることがしばしばあります。それになにより、1236mの名所山もしくは春日山もしくは新倉の頭と、1235mの春日沢ノ頭もしくは春日山もしくは崩山との間に挟まれた1153mの平坦地が山頂だっていうのは…登った身としては、どう考えても”ありえない”と思います。

春日山最高点もしくは名所山もしくは新倉の頭から先へ進むと、鶯宿峠へと下ります。この鶯宿峠にあった古い地図には、これから進む先に名所山があるように書かれていました。鶯宿峠の東側で名所山もしくは春日山もしくは新倉の頭を超えたはずなのに、名所山は鶯宿峠の西側にあることになっているのです。この地図を見たとき、自分がいまどこにいるのか混乱しました。

鶯宿峠から急な斜面を登り、いくつかの小さなコブを超え、最後はなだらかな稜線を進むと滝戸山の山頂に至ります。

滝戸山に複数ある山名表示は、すべて「滝戸山」でした。

そういえば鶯宿峠の地図には滝戸山の表示はありませんでした。もしかしたら鶯宿峠の地図は、この滝戸山を名所山としているのでしょうか。もはや、なにがなんだかさっぱりわかりません。鶯宿峠の地図の写真を撮っていないので、地図上の名所山がどの位置に当たるのか判定できないのが悔やまれます。

春日山最高点でマジックで書き加えられていた以外に、どのピークにも名所山の山頂標識はありませんでした。現地でオフィシャルに名所山の表記が登場するのは鶯宿峠の地図のみです。

現地の表記では、地図上の名所山は名所山ではなく春日山だという見解のようです。滝戸山には滝戸山の表示しかありませんでしたが、鶯宿峠の古い地図では滝戸山イコール名所山のようにも見えます。もしくは、名所山は滝戸山の尾根上の小ピークでしょうか。

後に出会った地元のおじさんは滝戸山を名所山と呼んでいました。春日山最高点が名所山とされていることも知ってはいましたが、やはりそちらは春日山のようでした。

まとめると、滝戸山イコール名所山、もしくは名所山は滝戸山尾根上の小ピーク。地形図上の名所山は春日山、春日沢ノ頭は春日沢ノ頭、春日山と春日沢ノ頭の間の平坦地はただの平坦地、というのが、歩いた感触と現地の表示を総合して、納得感のある唯一の解となります。

しかるに、地形図(および登山地図)では、1158mの平坦地が春日山、春日山最高点は名所山とされています。地形図の記載を絶対の正とし、現地の表記を訂正していく強い意志を持った派閥が存在する限り、山の呼称は長期的には地形図の表記に収斂していくのでしょう。

しかし、山の名前というのは、それが同じ山であっても、地域によって、また時代によっても異なるものです。それをひとつに正していく、そしてそれがもしかすると誤表記であるかもしれない、少なくとも歩いた感触や現地の表示とは異なるとしたら、国土地理院も罪作りなものです。