牧のうどんは天才である

九州に来たら食べたいものの筆頭が牧のうどんだ。九州といっても福岡県西部と佐賀県にだけ集中して出店していて、その他の地域では食べることができない。もちろん東京でも食べられない。来なければ味わえない逸品なのである。

九州北部にはうどん屋が多く、有名チェーン店は他にもある。それらは九州全域や、海峡を超えて山口県、はては東京にまで出店しているが、牧のうどんは頑なに北西部九州から出てこない。

しかし、他のうどん店ではダメなのだ。牧のうどんでなければダメなのである。

牧のうどんの特徴は、まずはやわらかでふわふわな麺だろう。注文すると、入れ放題のネギと共に出汁の入ったヤカンが置かれる。食べてるうちにうどんがどんどん出汁を吸うので、ヤカンの出汁を補充しつついただくのである。出汁を吸ったうどんはふくらみ、食べても食べてもなかなか減らない。

注文時にうどんの固さを尋ねられるが、初めて食べるなら中めんがいいだろう。九州うどんらしいやわらかさとうどんとしての体裁がちょうど良いパランスで、出汁の吸い具合も良い。

ややマニアックにはなるが、やわめんも捨てがたい。極限までやわらかく茹でられた麺は、もはやうどんを超えた白い何かである。やわめんは急速かつ大量に出汁を吸うので、うかうかしてると見る見る増えていく。

しかし、かためんは避けるべきだ。硬いと言っても普通のうどんに比べればやらかいのだが、十分に茹でられていない麺は、牧のうどんとしての良さが生かされていない。かためんは出汁もあまり吸わない。10分くらい放置して、ようやく中めんに近づく程度である。

ここで九州うどんに付いてひとこと付け加えておく。九州のうどんは総じてやわらかい。やわらかい麺類は悪だという風潮が現代日本には蔓延っているが、そんなことはない。やわらかうどんにはやわらかうどんなりの良さがある。うどんを腰だけで評価したり、スパゲティのアルデンテ至上主義だったりから離れてみると、新しい世界が開けるだろう。

茹で加減はいいとして、悩ましいのは具である。

九州うどんの代表的具材のごぼ天はやはり捨てがたい。牧のうどんのごぼ天は太めの親指大の、アメリカンドッグ風の衣である。ほんのり甘味が付いていて、ややもすると単調になりがちなうどんにアクセントを加えてくれる。サクサクのうちに食べるも良し、出汁に浸ってぐずぐずにするも良しである。

ごぼ天以外にも多種多様なメニューがあり、地元の人が食べてるのはさまざまだ。ごぼ天以外を試したこともあるが、どうしてもごぼ天が恋しくなる。いつも食べてるなら変化も欲しくなるだろうが、たまにしか食べられないのだからしかたあるまい。

問題は肉だ。牧のうどんの肉は、醤油と砂糖で甘辛く煮付けてある。それがあの澄んだ出汁のうどんに加えられて出てくるのだ。

出汁に甘辛醤油味が加わると、これがまた一段とやめられない美味しさになってしまう。しかし、あの清らかな出汁を、黒くて強い味で汚していいものだろうかと煩悶する。出汁だけで食べるのも、それはそれで純真な良さがあるのだ。

ちなみに、肉とごぼ天で迷うことはない。なぜなら、肉とごぼ天の両方入りの肉ごぼうというメニューがあるからだ。つまり迷うのはごぼ天か肉ごぼうかになる。究極の選択だ。

どこで食べても、なにを食べても、牧のうどんはいつだって最高の一杯だ。

ああ美味しい、ほんと美味しい。牧のうどんは天才である。