山頂デザート @奥又白池
「今週末は予定あり? 山行かない?」
ひさしぶりのS子先輩からの連絡だ。もちろんヒマだし、もちろん行きますとも。で、どこへ?
「奥又白池とかどう?」
はっ?どこですかそれ?
「これ」
そう言って送られてきた写真は、雲ひとつない青空に突き上げる岩峰と鮮やかに染め上がった紅葉の山肌、その手前には深い色を湛える美しい池、ここ行ってみたいな、そう思わせるに十分な一枚であった。
この手前の池が奥又白池なのだろう。背後の岩峰は…もしかして穂高?
地図で確認すると、前穂の手前に奥又白池はあった。池から先は前穂北尾根へ向かうバリエーションルートだが、池までは破線ながらも道はあるらしい。これなら行けそうだ。
というわけで、週末は北アルプスへ。
朝一のバスで上高地へ向かい、徳沢にテントを張ってから奥又白池を目指す。
パノラマルートの途中で分岐し、そこからはけっこうな登りが続く。両手両足を使って攀じ登るような道だ。
よくよく思い出してみると、送られてきた写真の前穂高岳は、上高地から見上げるような角度ではなく、池のすぐ背後に山頂があった。つまりは、かなり登らされるということだ。徳沢からの直線距離は短く、標高差を考慮すると、間違いなく急傾斜だろう。
池っていうから、もっと穏やかなハイキングコースかと思ってたのに…。
「そんなのだったら一人で来れるし」
確かに…。
岩につかまり、笹藪につかまり、体を引っ張り上げる。足場は悪く不安定だ。薮の向こうには、うっかりすると落ちそうな切り立った崖もある。
「いっしょに登るの3年ぶりね」
はっ? 最後に登ったのってそんな前でしたっけ? いつどこへ行ったんでしたっけ?
「八ヶ岳でしょ。D氏もいっしょに」
ああそうそう、そうだそうだ。あれはコロナ前だから、そうかもう3年も経ってるんだ。ということはS子先輩がこのブログに登場するのも3年ぶりってことになる。いやはや、時の流れというのは早いものですなあ。
3年も経つといろいろ変化はあるもので、S子先輩は最近は小屋泊が多いそうだ。
「今日は徳沢までだからいいけど、テントは重くて…」
はあぁ? なに言ってるんすか? 3年前のS子先輩は、2人用のエアライズ2を愛用していて、1人用テントを持ってきたわたくしに「2人用の方が広くていいじゃない、2人用も持ってるんだからそれにしたらいいのに!」っておっしゃってたじゃないですか…。
「そんなこと言ったっけ?」
えっ、お忘れですか…。
その他にも「最近はキャンプによく行ってる」「キャンプもいいわよ」「登山靴は重くて…」「歳をとるとさ…」などとおっしゃってます。この3年でいささか軟弱になられたようです。
とはいうものの、このめんどくさい悪路の急登を文句も言わずに登っていて、ひとりだとチンタラ歩いてしまうけど、後ろから煽られてるのでマジメに登らなければなりません。
そうして、あるんだか無いんだかよくわからない道を登っていくと、不意に視界が開けた。
着いた。ここが奥又白池か。
写真で見た通りの厳つい岩峰と静かな池。紅葉はもう終わっていたが、晩秋の寂しげな風景はこれはこれで悪くない。残念ながら青空は無かったが、それでも前穂の稜線が見えていたから良しとしよう。これで頂が隠れていたらガッカリものだ。ましてやガスで池も見えなかったりしたら、何しに登ってきたのかわからない。
それにしても、森林限界を超えたこんな標高の高い場所に、こんなにも大きな池があるのは不思議だ。
今日はここまで、まだ午前中なので時間はたっぷりある。気の済むまでここで過ごすことができる。といっても特にすることもないから、とりあえず池の周りを一周してみる。ところどころ道が水面下に沈んでいるが、そこはヘツリで通過して、ぐるっと回ることができた。あとは写真を撮ったり昼寝したりだ。
いつもは行動食はあまり食べないのだか、今日はバテるとカッコ悪いのでちょこちょこ食べていた。なのであまり空腹ではなく昼食は抜きにしたが、山頂デザートはいただきます、山頂ではないけど。
今回の山頂デザートは、袋に入ったパンみたいなやつと柿!わざわざ柿を持ってきてナイフで皮を剥いていただいた。でも、なぜにわざわざ柿を?
「一番好きな果物は柿って言ってたでしょ」
そんなこと言いましたっけ?ぜんぜん覚えてません。一番かどうかは議論の余地があるけど、確かに柿は好きです。
が、そんなことより驚いたのは、この柿、種がないじゃん!柿の種なんてお菓子があるほど、柿には種が付き物だというのに、なんということでしょう。
「いまどき、スーパーで売ってる柿なんてみんな種なしだから」
えっ、そうなんですか? そういえば柿は拾って食べるもので、スーパーで買ったことなんてなかったかもしれません。
種なし柿に気を取られていましたが、袋に入ったパンみたいなやつも、たいそう美味しゅうございました。
さて、満喫したので下山しよう。
どこからか落石の不穏な音が聞こえてくる。轟音はいつまでも響いて止まない。美しい風景につい忘れがちになるが、ここはそんな危険と隣り合わせの場所だ。
悪路の急斜面は登るより下る方がめんどくさい。派手に転ぶと大ケガしそうだし、それになによりみっともない。いつもと違って慎重に下る。
「そういえば、初めていっしょに登った茅ヶ岳でも、ものすごく派手に転んでたわよね」
は?そんなことありましたっけ?ぜんぜん覚えてません…。
徳沢に戻り、ひと休みしてから、徳沢ロッヂへ向かった。
コロナ禍の自粛で暇を持て余したS子先輩は、ミシンでちくちくとアウトドアグッズの製作を始めてメルカリショップで販売してるのだが、それが徳沢ロッヂにも置いてあるらしい。その納品に伺うのにのこのこついていったところ、支配人さまのご好意によりお風呂を使わせていただき、生ビールもご馳走になってしまいました。まったくの非関係者なのに申し訳ありません。ありがとうございます。翌朝もずうずうしく訪問し、コーヒーとお菓子をいただいてしまいました。重ね重ねありがとうございます。
みなさんも徳沢に行ったら徳沢ロッヂでなにか食べるか買うか泊まるかしましょう。園ではなくてロッヂです、お間違えなく。
帰りの上高地のバス停で、Y梨学院の学生に声をかけられた。アンケートに協力してほしいとのことだ。いいでしょう、暇だし。
「今日は登山ですか?」
いや、違うな。登山とは言い難い。
「では、キャンプですか?」
うーん、キャンプはしたけどキャンプではない。
選択肢は二つしかないようで学生くんが困っているので、しかたなくS子先輩に助けていただく。今回のは登山でしょうか?
「登山でしょ、登ったじゃない」
そうなの?登山なの?じゃあ涸沢へ行ってくるのは?
「登山でしょ、登るじゃない」
だとすると、峠を超えて隣り村へ行くのも登山?
「うーん…。そう言われるとわかんなくなる。ハイキング?」
登山と登山じゃないの線引きは考えれば考えるほど哲学的領域へと入り込んでいくので、不本意ではあるがとりあえず登山だということにしてアンケートには答えてあげた。登山者へのアンケートだったので。
登山であろうがなかろうが、楽しく有意義な二日間であった。自分では決して目的地に選ぶことのない場所へ行くこともできた。夕飯をちょっと失敗したのが心残りなので、また行きましょう。次回はもっと気合い入れて料理しますから。
2022年10月
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