灼熱アルプス Day1 – 折立〜雲ノ平

山の日を含む三連休に続けて休みがたった一日、さらにそこへ無理やり有給をくっつけた五日間、それが夏休みのすべてだ。

この貴重な五日間の予想天気図では三つの台風が日本列島を取り囲んでいて、台風の進路予想にやきもきする日々だったが、日本列島をすっぽり覆った高気圧は、台風をそらし、台風を抑え、休みの間だけはなんとか天気ももちそうである。やはりこれは、日頃の行いというやつだろう。

金曜の夜、さっさと仕事を切り上げ、ノリノリで支度をし、北アルプスへと車を走らせた。

有峰林道のゲートに並んだのは前の方だったので、登り始めは早かった。しかしそこからなかなか足が進まない。後から登ってきた人たちに次々と追い越されていく。そしてとうとう、森林限界を超えたところでへたり込んでしまった。

暑い。とにかく暑い。

駐車場で出発準備をしているだけで汗だくになったほどだ。登り始めてからは、それはもうたいへんな汗の量である。すでにシャツはぐっしょり濡れている。それに、ものすごく眠い。寝不足だといつも、まったく足が上がらなくなってしまう。少し眠れば復活するのだが、そうでないとまるで夢遊病者のような歩きになってしまうのだ。

登山道の端に座って仮眠することにした。横になると、起きたら夕方だったなんてことも過去にはあったから、体育座りで仮眠である。日陰はない。直射日光を避ける唯一のアイテムは帽子だ。

どれくらいうとうとしてたのだろう、それほど長い時間ではなさそうだ。頭の霧も多少は晴れた。行くか。あまりゆっくりしている時間はない。

ジリジリと焼け付くような暑さは相変わらずだ。ザックに入れっぱなしで、めったに使うことのないハイドレーションを装着した。とにかく汗が流れ続けるので、頻繁に水分を補給せねばならない。

2リットルの水はもう残り少ない。太郎平に水場はあるから、こんなにいらないかなと思いつつ担いできたが、どうやら足りないくらいだ。4時間の登りで2リットルの水を消費する、それくらい汗をかいているということだ。

何百人もの登山者に追い抜かれ、予定時間を大幅にオーバーして太郎平に到着した。

さて、どうするか。

休みがいくらでもあるなら、今日はここまでだ。なにせ疲れすぎている。薬師峠でテントを張って、明日になったら雲ノ平を目指せばいい。そういう日程もいちおう考えてある。しかし、五日間という限られた時間を最大限有効に使うなら、前半はがんばっておきたい。縦走初日は荷物が重いし、体もまだ山モードになってないので軽めにしておいて、後半にがんばるほうがいい気もするが、安全に帰宅するためにも後半は余裕を持たせておきたい。まあ、ごちゃごちゃ言ってもまだ昼前だ。ここは進むの一択だろう。

沢から引いた生暖かい水で顔を洗い、2リットルのプラティパス2つに水を詰めて出発だ。次は薬師沢小屋で水の補給ができる。そこまで3リットルあれば行けそうだが、念のため4リットルを担いでいく。出発時より2キロ重量が増したことになる。

太郎平からは下りが続き、その間に何度か沢を横断する。そのたびに、冷たい沢水で顔を洗い、手を冷やし、タオルを濡らして頭を冷やす。頭に載せた冷たいタオルは、しばらくすると生暖かくなってしまう。完全に体がオーバーヒートしているようだ。沢があれば再び降りて、顔を洗い手を冷やしタオルを濡らす。

暑い暑い暑い暑い。薬師沢小屋に着いたらコーラを買おう。そうだ、そうしよう。コーラコーラコーラコーラ。それだけを心の支えに歩く。

何度目かの渡渉で、ついに我慢できずに靴を脱いで沢水に足を浸した。体温がすっと下がった気がした。気持ち良くてしばらくぼおっと沢の流れを見ていたら、冷たさで足がじんじんしてきた。

しかたない、行くか。再び重たい登山靴を履いて歩き出す。沢水で冷やされた足は、こんどはポカポカしてきた。逆効果なのかどうなのか、なんともわからない。

薬師沢小屋では、冷たい沢水をおもいっきり飲み、プラティパスに残ってる生ぬるい水は捨てて、新たに4リットルを汲み直した。沢水で冷やしたコーラは見て見ないふりをした。節約もあるが、自分で飲み食いする分は自分で担ぎ上げる主義なのだ。我慢も食料のうちである。

それにしてもお腹が減る。今日1日分の行動食はここで食べ切ってしまった。生米には多少の余裕を持たせてあるし、非常用のインスタントラーメンも何袋かあるので、食料が足りなくなることはないだろうが、行動食として調理せずに食べられるものはそんなに多くない。いつもの分量で用意したのだが、いつも以上にカロリーを消費しているのだろうか。

薬師沢小屋を過ぎると、激登りが始まる。2時間の登りなので、普通であればそれほど苦労はしないはずだ。しかし、ここまで歩いてきて、この暑さで、この荷物の重さで、こんなに疲れてると、なかなか厳しい登りになる。この登りの間に写真を1枚も撮ってなかったのは、やはり厳しい登りだったからだろう。ただ黙々と登っていた。

雲ノ平山荘に着いたら、冷たいコーラを飲もう。いや、冷たいビールを飲もう。それだけを心の支えに登る。到着したら結局は買わないのもわかってはいるが、いまは冷たいビールが心の支えだ。

急登を2時間登り、傾斜が緩やかになって木道が現れた。道はまもなく平坦になり、空は広々と開けている。ようやく着いた。雲ノ平だ。

あの大きな山は薬師岳かな。前方の山は水晶岳だろう。山々に囲まれた高地の平原は、なんとも気分の良くなる場所だ。ここまでたいへんだったけど、この風景を見たらいままでの苦労が報われた。来てよかった。

見事な山々に囲まれて、緩やかな道を歩いていく。歩いていく。歩いていく…。うーん、いつまで歩くんだろ。急登を登り切ったらなんとなく到着した気になっていたが、雲ノ平山荘はそこから1時間以上かかったのであった。

夕刻の賑やかな時間に山荘に着いた。汗びっしょりで受付をすませ、漂う美味しそうな匂いからさっさと逃げるようにしてテント場へ向かった。テント場へは山荘からさらに30分ほど歩かなければならない。

テント場に着いたのは18時30分だった。山の一日がそろそろ終わりを迎える時刻である。

遠目にはまだまだ空きのあるように見えたテント場も、近づいてみると岩が多く、まともに張れる場所が見当たらない。ゴロ岩の比較的少なそうなところへ無理やり設営し、急いで米を炊いて肉を焼き、夕飯にした。

あわてて炊いた米は芯が残っていて、とても食べづらかった。