裏銀座の五日間 day2

二日目の朝。どうも天気はよろしくない。日の出前の薄暗い空は、厚い雲に覆われているようだ。

双六岳へと登るにつれて、周囲が明るくなってきた。しかしガスガスなのには変わりない。槍が見えないのはもちろん、進む先もガスに消されている。

天気良ければすごい風景が広がってるんだろなと妄想し、双六岳を超えて先へと進む。

急にガスが晴れ、頭上には青空が広がった。槍の穂先も姿を見せてくれた。正面の大きな山は黒部五郎岳だろうか。が、そんな魔法の時間も一瞬で終わり、再び真っ白なガスに包まれてしまった。

三俣蓮華岳に到着した時には、いまにも降り出しそうな空模様だった。ここでも周囲の風景を妄想し、急いで三俣山荘まで下る。

二日目は三俣山荘にテントを張る。四時前から歩いてるので、まだ朝の八時だ。さらに先へ進むこともできるし、初日にここまで来ることもできたが、今回は北アルプス対策で、短く区切って進むことにしている。昨年は一日でがんばりすぎて、テント場に到着したときにはいっぱいで張れないってことが二回もあった。北アルプス縦走も二回目になると、それなりに学ぶものだ。

テントを張り終えて、軽荷で鷲羽岳へ向かう。上の方はガスがかかっているが、登るうちに取れるのを期待しよう。

鷲羽岳へは一直線に登りがつづく。標高2600mを超え、体が重くなってきた。まだあと300m以上登らなければならない。荷物が軽かろうが重かろうがキツイことに変わりない。

登るにつれてガスは濃くなり、周囲の風景は見えなくなってしまった。ようやくにして登頂したときには、雨がぽつぽつ落ちてきていた。風も冷たく体が冷える。

せまい山頂に多くの人がいて、長居する天候でもないので、さっさと先へ進む。雨はしだいに強くなってきて、上下の雨具を着て歩く。

割物岳を超え、分岐点に着いたときもまだ雨は降っていた。水晶岳まで行くつもりだったが、どうしようと考える。登って楽しい天気でもないのに、ただピークを踏むだけのために、さらに三時間近く余計に歩く気にもなれない。ここはおとなしくテント場へもどろう。ここからテント場だって二時間くらいはかかる。

黒部源流に向かって標高を下げていく。しだいに雨は小降りになり、やがてやんだ。失敗したかなと見上げると、鷲羽岳の頂は雨雲の中だった。水晶岳方面の空は重い灰色である。まあ、晴れていたとしても、ここまで下ってしまうと、もういちど向かうのは難しい。

やっぱ雨でもいいから山頂まで行っとけばよかったなって気持ちもあるが、今日は軽めでいい。明日から距離が長くなる。五日間の縦走だから、調子を崩さず歩き切りたい。

「えっ、五日間!?」

取引先の担当者と夏休みの予定について話してたとき、相手が驚いたようにそう言った。夏休みは五日間だから五日間山に行くと話したあとだ。夏休みが五日あれば、五日行くのが普通だと思っていた。

「いや、それは普通じゃないよ。三日行って二日休むとかが普通じゃない?」

そういうものかな。そういう発想はなかった。ていうか二日間休むって、家でじっとしてたら気分がくさくさするだけだし、気分がすぐれないと体の調子も良くなくなると思う。それにやっぱりせっかく五日あるんだから、五日間めいっぱい満喫したいでしょ。普通は。

しかし、担当者Aも担当者Bも二人とも理解できないという反応であった。うーん、世間一般ってのはそういうものなの?

午後の早い時間に三俣山荘へともどった。あとはもう夕飯まで特にすることもない。

ときおりガスが取れ、テント場の正面には鷲羽岳が姿を現していた。