あの日の山へ – 草津白根山

草津と草津白根山。

意識して避けてきたわけではないけど、近くまで行ってもなんとなく足が向かなかった。なぜなら、そこには思い出が眠っているから。

そんな感傷的な気分にケリをつける気になったのか、突発的に思い立って夜中に車を走らせ向かった。それがちょうど三年前のこと。その日は車も揺れるほどの強風で、山は真っ白なガスに覆われており、季節外れの霧氷で木々が凍り付いていた。さすがに登るのはやめにして、草津の町をぶらぶらして帰った。

その数日後、火山規制で火口周辺は立ち入り禁止になってしまった。

それから三年、ようやく規制も解除とのニュースに、再び草津白根山へと向かった。

ロープウェイの山麓駅から殺生地獄を抜け、樹林帯を登っていく。点在する池に立ち寄りつつ、本白根山を目指す。

といっても山頂は立ち入り禁止なので、周辺の遊歩道を歩くだけだ。

本白根山は噴火の可能性は低くとも、あちこちで毒ガスが噴出している。遊歩道を外れると、どこで毒ガスにやられるかわからない。遊歩道上でも、いわゆる卵の黄身の腐った臭いってやつが、どこからかほのかに香ってくる。さすがにその状況で、ルートを外れて歩く気にもならない。

火山特有の景観の中を歩き、湯釜へと向かった。湯釜は志賀草津道路を渡ったすぐ先にあるので、国道と駐車場を超えて普通の服装の人々に混じって登ることになる。

湯釜の淵へ登る中央の道は閉鎖されたままだった。草木の生えてない荒涼な岩肌を列になって進む観光客ってのがシュールな光景だったのだが、それは見ることができなかった。

かわりに西側の白根山方面の遊歩道を登った。といっても、やはり白根山も山頂へは行けない。途中まで登って、そこから湯釜を遠目に眺めるだけである。

国道脇の駐車場から歩き始める人々に混ざって登る。道は広くて整備されているが、いちおう山なのでそれなりの登りだ。

20分ほど登ると遊歩道の終点になる。そこまで登ると、鮮やかな湯釜の湖面が目に飛び込んでくる。

あぁ、あんな色だったな。エメラルドグリーン…というのだろうか。まるでクールバスクリンを混ぜた風呂のような色だ。きれい…と言っていいのかどうかは迷う。自然界に存在するにはあまりに不自然な色の気がする。毒々しくもある。

わー、きれー

周りの人々は口々にそう呟いている。

まあ確かに、きれいっちゃあ、きれいだよ。でも、いまの自分には、素直にそう思えなかった。もっと、恐怖とか神秘とか畏怖の念を覚えさせる色だった。

それは、初めてあの淵に立ち湯釜を見下ろして、きれいだねと言ったときに感じていた気持ちとも変わっていないような気もした。

まあ、とにかく、遠目ではあったが、再び湯釜を望むことができた。それでOK。

帰りはロープウェイで下山するつもりでロープウェイの山頂駅まで行ったが、片道900円もするので、しばらく悩んでやめにした。いつも通り歩いて山麓駅までもどった。

こうして三年越しの草津白根山が終わった。いや、数十年越しだったのかもしれない。

草津の町には寄らずに帰ることにする。草津には三年前に来て、思い出の残る場所をひと通り見て回ったから、今回はもういい。温泉にも入らなくていい。

草津と湯釜。霧ヶ峰や大岳山や鋸山と同様に、いつまでも記憶に留まり続ける場所ではあるが、再び訪れる日が来るかどうか、いまのところはわからない。