2021年の南アルプス 〜 下山編 / 聖岳

爽やかに晴れ渡った美しい朝だ。昨日の豪雨はなんだったのかと思うほどの変わりようだが、山の天気なんてこんなものだ。

「この時期は降られる覚悟はしてたけど、昨日の降り方は、あれはないよなあ〜」

隣にテントを張っていたソロおじさんもそう言っている。昨日は、なかなか経験することのない激しすぎる雷雨だった。

朝の柔らかな光を帯びた美しい山々に囲まれて歩く。

正面には威風堂々と聖岳。左手にはさすがの存在感の赤石岳、右手には上河内岳から光岳まで続く眩い稜線。

ああ、なんて素敵な朝なんだろう。

今この場所にいる幸運に感謝する。

兎岳で一泊したので、必然的にプランBとなった。今日は聖岳を超えて聖平から下山する。上河内岳には登れないが、昨日の天気で聖平まで歩くのは自殺行為だからしかたない。

目的の山のひとつに登れなくなったことなんて、どうでもよくなる良い朝だ。

登りの途中で振り返ると、兎岳が朝日を浴びて輝いていた。昨日の荒れ模様が嘘のような穏やかさだ。

さあ、山頂まであとひと息だ。

聖岳に到着するとまもなく雲が出てきた。先も長いし、疲れが溜まって足取りも重いので、寄り道せずに下山する。

聖平まではまだ順調だった。しかし、その後の長い長い下山路には消耗した。

沢沿いの樹林帯を下っていく。南アルプスの山深さを実感する長い道のりだ。変化に乏しく緊張感も保てない。次第に体の動きも鈍くなってくる。気づくとCTよりも遅れている。

足が痛くなってきた。昨日の雨で濡らしてしまった足に、靴擦れして水膨れがいくつもできているようだ。一歩一歩が重くて痛い。もはやゆっくりとしか下れない。

結局、聖岳山頂からは7時間半、出発からは10時間かかって聖沢登山口に降りた。時刻は午後3時を回っていた。

これで終わりではない。ここから林道を16km歩かなければならない。

登山口には数台の自転車がデポしてあった。あれに乗れれば、1時間もかからずに帰れるのに…。恨めしそうに自転車を眺めたが仕方ない。歩くしかない。

足が痛くてスピードは出せない。ゆっくり一歩づつ進むしかない。稜線の縦走ならたとえ足が痛くても楽しく歩くこともできるが、林道ではただただ苦痛なだけだ。

時折やって来る自転車登山者に軽快に抜かされる。

日が落ちてしまったが、まだ先は長い。

靴擦れの痛みに耐えて歩き続け、車を停めた場所まで戻ったのは夜の8時であった。この時間では温泉も食堂ももうやっていない。このまま6時間運転して家まで帰るしかない。最後までなかなかのハードモード登山になってしまった。

少し車を走らせて携帯の電波が入るところまで来ると、エアコン業者からの工事予定時刻の連絡が留守番電話に入っていた。

2021年7月