2020年 京都の旅
京都に来るのは何年ぶりだろう。最後に来たのは中学生時代だ。そのときは学校の課外活動だったので、自由気ままに町を歩くのは小学生以来となる。
結婚して京都に住んでいた従姉妹が海外転勤になり、住んでいたマンションを自由に使わせてくれたので、小学五、六年生のころは何度も京都に来ていた。家族と出歩くこともあったが、小学生のぼくはもっぱらひとりの町歩きを楽しんでいた。路線図を見て目的地へ向かうバスに乗り、市内のあちこちを歩いた。
大人になってから京都に来ることがなかったのに特別な理由はないが、観光地化が進んで人のあふれた今の京都を見たくなかったのはある。しかし今回の新型コロナウィルス騒動で観光客はめっきり減り、地方都市然とした昔の京都がもどってると聞いて、それなら行ってみるかと思ったのだ。
今回の旅にあたり戦略を立てた。往復はいつも通り自分の車を自分で運転する。しかし市内を車で移動すると、あちこちで法外な駐車料金を支払わねばならない。そこで、京都の外れの安価なパーキングに車を停めて、あとは公共交通機関で動くことにした。
地下鉄の南の端の竹田駅に駐車して、バス地下鉄二日券を購入した。京阪や阪急には乗れないが、たいていのとこにはこれで行けるだろう。
市内中心部へは地下鉄で行き、あとはもっぱらバス移動だ。
小学生のころの記憶はうすれて、行き先表示を見てもどこを通るバスなのかさっぱりわからない。路線図を眺め、行きたい方角へ向かいそうなバスに乗り、思った方へ進んでいかなければ、降りて別のバスを探す。乗り放題だから料金を気にすることもない。
これがことのほか楽しかった。考えてみれば、いまでも小学生のときと同じことをして楽しんでるのかもしれない。
今回の京都旅行では、思い出のある場所へは行かないことにした。かと言って、新しく変わった町も見に行かない。昔を訪ねない、今を探さない、気ままに行きたいところへ行く。
二日もいると、京都特有の地名表記にも慣れてきた。行先表示を見て、自分の乗りたいバスかどうかも判断できるようになった。
こうして自分の中に、自分だけの地図ができていく。
2020年の京都は、忘れていた旅の楽しさを思い出させてくれた。
2020年2月