雨乞岳の山頂から標高差で250mほど下ったところに、水晶ナギという場所があります。

花崗岩が風化した白ザレ砂の崩壊地特有の景観と、日向山や鋸岳など周囲の山々の展望もあり、なかなかよいところです。
登山道から外れて10分ほど歩かなければなりませんが、ひたすら地味な雨乞岳登山の中の唯一のイベント的な場所でもあります。

水晶ナギというのは、かつてここで水晶が採掘されていたことに由来する地名だそうです。

「水晶」はわかりました。では「ナギ」っていうのはなんだろう?

登山用語集で調べてみたところ、ナギというのは「自然の山崩れにより崩壊した箇所」とありました。
これでは簡略すぎて、他の崩壊地を表す言葉との区別がわかりません。

崩壊地を表す言葉には、崩れ、ガレ場、ガラ場、ザレ場、ゴーロなどがあります。言葉が違えば、それぞれが示す地形にも違いがあります。

山が大きく崩れ、斜面は険しく、いまでも崩壊が続いているような、いわゆる崩壊地として思い描くような場所は「崩れ」と名付けられていることが多いようです。
有名どころとしては、富士山の大沢崩れや南アルプスの大谷崩れなどがあります。

それに対して「ナギ」は、崩壊がさらに進んで比較的安定した状態を指すようです。
ナギの音は「凪」に通じます。無風で穏やかな状態。朝凪夕凪のように、安定した状態を示します。

ナギは漢字で書くと「薙」となります。薙刀の薙です。山肌が薙刀でずざーっと横に薙ぎ払われたようなイメージを表しています。

またナギは、ガレ場のように岩がゴロゴロしているよりも、砂地のザレ場であることが普通のようです。これもこのほうがより安定した状態だからでしょう。

ナギの付く地名としてすぐに思い出せるのは、中央アルプスの百間ナギや天狗ナギ、それに南アルプスのボッチ薙などでしょうか。
日光の赤薙山や南アルプスの青薙山のように、山名になっていることもあります。登山者に馴染みのある場所としては、畑薙第一ダムもあります。

崩壊が進んで安定しているとはいえ、水晶ナギに立つと両側は切れ落ちたザレの急斜面で、足を滑らすと下まで止まりそうもありません。

地名の由来になった水晶は、もうこのあたりでは取れないようです。

でももし、かつてこの白ザレ砂の地に、昭和な土産物屋に鎮座してたような水晶の結晶がにょきにょき生えてたら…そんな風景を想像するのも楽しい水晶ナギでした。