十年ぶりの白峰三山

あれ?今年ってまだ一度も南アルプス行ってなかったっけ?ふとそう思い、記録を確認した。

行ってなかった。大好きな南アルプスなのに、夏山シーズンにもまったく登ってない。

じゃあ行くか。登山バスはまだギリギリ動いている。三連休だから縦走しよう。雪化粧した3000mの稜線はことのほか麗しい。そこを歩くのだ!

そう思い立って来てみたが、予想に反して雪はまったく無かった。多少は積もってると思ったのに。白い稜線を歩きたかったのに。一年前のこの季節には、そこそこ積雪があったのに。やっぱり今年は暖冬なんだな。

雪は無いけど天気は良い。荷物が重いのでゆっくり登る。

北岳を越えて、北岳山荘にテントを張った。

夜明け前の淡い色に北岳が包まれていく。二日目も好天間違いなしだ。

北岳までは何度も来ているが、この先を歩くのはひさしぶり。十年ぶりの白峰三山縦走だ。

間ノ岳を越えて、農鳥小屋へと下っていく。

それにしても風が強い。強風というか爆風である。風に煽られて飛ばされそうになる。進みも遅く体力を削られる。

すでに無人の農鶏小屋を過ぎて、西農鳥岳へと登っていく。あいかわらず激しい風が吹いている。

急登を登り切り、平坦になったところでようやく眺められる南アルプス南部の景色。

これだよ、また来たよ。あの日以来だな。あれから俺は見えてる山すべてに登ったんだぜ。どうだい?すごいだろ。

容赦なく風が吹き付けて、感慨に耽る間もない。

農鳥岳を過ぎて、大門沢への下降地点まで来た。今回はここで終わらない。さらに先へ行くのだ。

広河内岳への登りに取りかかったが、強風と重荷で3,000m峰を超えてきて疲労困憊だ。

山頂で大休止する。正直に書くと、座り込んだら立つのが億劫になってしまったのだった。

山頂にいた二人組も今夜は笹山に泊まるという。先に行って待ってますねと言われたが、たどり着けるのだろうかと不安になる。

うだうだしていると、反対側からソロの女性が登ってきた。

「風が強くてたいへんですねー」

そうなんですよ、もうヘロヘロで動きたくなくて…。

この爆風の中、テント装備で3000m峰を超えてくるのはつらかった。笹山まで歩くつもりだったけど、もう疲れてたどり着かないかもしれない。と、さんざん泣き言を聞いてもらった。

ソロお姉さまは笹山から歩いてきて大門沢を下るという。荷物が小さい。もしかして日帰り!? 一日でこれを周回するとは、このお姉さま相当強い。

「笹山までなら3時間半で行けるんじゃない?」

いやいや、無理です。4時間半はかかる。いまの疲労具合だと5時間以上かかるかもしれない。もし無理そうなら、白河内岳の先でテント張れたはずだから、そこで一泊するつもりです。

さて、いつまでもぐずぐずしているわけにもいかない。時間はだいぶ押している。まだまだお話ししたかったが、気を取り直してザックを背負った。

白峰南嶺は美しく静かだ。不安になるほど歩いている人がいない。この時間だと、おそらくもう誰にも会わないだろう。

雄大な尾根をひとりで歩く。これが山の醍醐味だ。

初めてここを歩いたときは、尾根が広くてわかりづらく、少々不安にもなったが、今日はなんてこともない。いくらかは成長しているようで嬉しい。

大籠岳、白河内岳という二つの高峰を超えた。白河内岳を下ったところの幕営適地は横目で通り過ぎた。ここまで来たらあと少し、笹山まで行く。

標高が下がり、風が多少は弱まったおかげか、広河内岳で休息したおかげか、ソロお姉さまに負けられんと気合が入ったおかげか、4時間少々で笹山に着いた。

北峰の見晴らしの良い場所にテントを張っていると、南峰に設営した先の二人組がやってきた。

「来れましたね、よかった」

この二人組にもかなり泣き言を言ったようだ…。

三日目の朝は雲が多かった。

あとは下るだけなので急ぐ必要はない。のんびり撤収する。

標高が下がるにつれて、季節は初冬から晩秋へと移ろっていく。

あぁ、帰っていくんだなぁ。

この最後の下山の時間が好きだ。ゆっくりと味わい、嚙みしめて下る。三日間のあれこれを思い出しながら歩く。ここは急ぎたくない。山に包まれ、山を愛でる。最高のハッピータイムだ。

下山したときには、優しい気持ちが溢れている。

翌日になって判明したのだが、広河内岳でお話ししたお強いソロお姉さまはTwitterのフォロワーさんだった。世間はせまい。無愛想にしなくて良かった。楽しい時間をありがとうございました。またどこかの山でお会いした時は、よろしくお願いします。

2023年11月