灼熱アルプス Day5 – 薬師岳〜折立

黒い闇は淡い藍へと移ろい、たなびく雲が紅色に染まる。新しい朝が生まれた。稜線で迎える朝だ。

稜線で朝を迎えたのは、この五日間で初めてである。森林限界を超えた稜線の夜明けは、いつでも美しい。まだ真っ暗な時間から沢を登ってきた甲斐がある。

快調に登りをこなしていく。振り返ると超えてきた山々が見える。見渡せば、すべてが歩いてきた稜線だ。

風が出てきた。いよいよ台風が近づいてるのだろう。

この縦走中ずっと、薬師岳は気になる山だった。そこには、他の山とはひと味ちがう貫禄があった。その山容は、どこから見ても堂々としている。あんなの登るのたいへんだろうなと、何度も思った。

稜線の東側には雄大なカールが連なっていて、大きく引っかいたような谷筋が、急峻なカール壁に何本も付いている。荒々しくかつ荘厳、そしてなにより美しい。このカールが国の特別天然記念物だということを、薬師岳山荘前の石碑で知った。

山頂手前の小ピークで小休止。いい朝だ。ここまでのいろんな出来事や想いが、次々と浮かんでは消えていく。なんだかちょっと感傷的な気分になる。

さて、山頂へ向かうとしよう。あとほんの少し。あそこが旅の終わりである。

早朝の山頂にはすでに何人もの登山者がいて、みな思い思いに時を過ごしていた。

私も写真を撮ったりカールを眺めに行ったり物思いに耽ったりして過ごす。

風が強くなってきた。気づけば、あれほどいた登山者もいまはひとりもいない。立ち去り難く、いつまでもうろうろしていたが、そろそろ下るとしよう。

最後にもう一度、まだ歩いたことのない北の稜線を眺める。アップダウンがけっこうあって、思いのほか荒々しい。この先へも必ず行こう。近いうちに。

回れ右をして、歩き出した。

薬師峠へもどりテントを撤収して、再び重たいザックを背負った。山頂では涼しいくらいだったが、いまはもう灼熱だ。風も無い。

下山は早かった。感慨深かったのは山頂までで、あとはガツガツ下ってしまった。ようやく体が山に馴染んできたのだろうか。それとも、五日間の汗をたっぷり吸ったシャツを早く脱ぎたかったのか。とにかく、他の登山者をごぼう抜きにして、一気に折立まで下ってしまった。下山して自動販売機で買ったコーラは、冷たくてスカッとさわやかだった。

温泉に入り、五日間の汗を流した。

清々しくさっぱりした気分で体重を測定したところ、なんと出発前と1gも変わらぬ数値である。なぜ!? 超有名メーカーのデジタル体重計なので、測定間違いということはないだろう。念のために帰宅してから測り直したが、やはり体重はまったく変わってなかった。

つまりこれは、体に蓄えた脂肪には余裕がなく、登山に必要なエネルギーはすべて外部から摂取しなければならないということだろうか。

一日の登山に必要とされる8000kcalすべてを、行動食の定番おなかがすいたらスニッ◯ーズで摂取するとしたら33本必要だ。税抜で4,290円になる…。10時間行動として、1時間に3本食べなければならない。残った3本が夕飯だ。

これはもう、油でも飲むしかないのだろうか。サラダ油に換算すると、一日あたり1リットルになる。これならコスト的には問題ない。問題は、五日間の縦走だと、5リットルのサラダ油を担がなければならない点だ。

今後の食料計画に課題を残す夏休みとなった。