灼熱アルプス Day4 – 黒部五郎岳 / 北ノ俣岳

夜が明けた。

朝陽がカール上部をオレンジ色に輝かせ、やがて全体をやわらかな光で包んでいく。岩壁に囲まれた緑のカール、やさしい朝の光、点在する巨石、すべてが美しい。

夜明け前の登山道を黙々と登っていたら、思いのほか早くカールまで来ていた。予定より早い。なぜだろう。

昨夜は体を伸ばしてぐっすり眠れた。夕飯もしっかり食べた。そして、まだ夜空に星が煌めく時刻から起きて歩きだしたのであった。これだな。灼熱の太陽が空気を沸騰させる前に登ってきたからだろう。涼しければ、それなりに体は動くようだ。考えてみると、夜明け前に出発したのは、この縦走中で初めてだ。

黒部五郎の肩までもうひと登り。気温が上がってくる前に、あそこまで登ってしまおう。

肩から山頂まではわずかな距離だ。清らかな朝の空気で肺を満たして登っていく。

空は青く、進むべき道は目の前にある。美しい朝だ。

黒部五郎岳の山頂に立ち、カールを見下ろした。カールの向こうはずーっと歩いてきた稜線だ。その奥には大キレットが、くっきりとその形状を見せつけている。

良い山頂だな。ここまで来たんだなという感慨と合わさって、なかなか立ち去りがたい気持ちにさせる。

黒部五郎岳から先は、山の表情ががらっと変わる。なだらかで穏やかな起伏の連なる緑の稜線だ。なんとなく北アルプスらしくない感じもあるが、明るく爽やかな山道である。

なだらかとはいえ、上ったり下ったりはある。そして、遠目には緩やかに見えても、歩いてみるとそれなりの登りだ。

初めのうちこそ気分よく快調に歩いていたが、気温が上がるとともにペースが落ちてきた。森林限界を超えた稜線には遮るものがない。むき出しの素肌が焼かれるように熱い。光は眩しく、風景は白飛びした写真のよう。全身の毛穴が開き、汗が噴き出す。

水でもどしたフリーズドライの五目おこわを食べて、エネルギーの補給をする。ザックに入れっぱなしだったもらい物が活躍した。けっこう美味しいし、調理しなくてもいいし、これはこれで悪くない。

北ノ俣岳の山頂から、これまで歩いてきた稜線をぐるっと見渡した。長かった縦走もだんだん終わりが近づいてきた。昨日や一昨日は、まだあと何日これを続けるんだよと、少々うんざりした気分にもなったが、こうして終わりが見えてくると、やはりしんみりするものだ。

太郎平に着いたのは、正午少し前だった。山を歩き山を感じて72時間ぶりに戻ってきた。

さて、昼ごはんだ。いつもならさっさと薬師峠まで行ってテントを張り、なにか作って食べるだろう。だいぶ逡巡したが、小屋の食事を食べていくことにした。まあいいだろうと自分に言い聞かせる。

メニューにはカレーもあるが、山だからラーメンにした。米よりも小麦のほうが早くエネルギーに変換されるし、塩分量も多く、水分も取れる。

まだお昼をちょっと過ぎた時間なのでテント場はそれほど混雑してなかった。良さげな場所を確保してテントを設営したら、ビールを買ってきて午後はのんびり本でも読もう。

それにしても暑い。テント内には暑くていられない。外に出たが外も暑い。風が無く、太陽はジリジリと肌を焼く。いやもう殺人的な直射日光だ。昨日まで、こんな暑いのに山を歩いていたのか。休みのあいだずっと晴れてくれてるのはありがたいが、ここまで暑いと天気がいいのかそうでないのかわからなくなってくる。これがフェーン現象ってやつか。

テント場には遮るものもなく、直射日光を浴び続ける。逃げ場がない。背丈ほどのしょぼい低木が一本だけ生えていたので、その根元のわずかな木陰に陣取った。これだけでいくらかマシになった。日が傾くまでここで過ごそう。

隣にテントを張っている東京からのグループは、高天ヶ原温泉を目指して折立から登ってきたが、明後日からは台風の影響で天気が崩れるので、明日薬師岳に登って下山するという。私の夏休みを聞くと、とても羨ましそうだった。

「それは… よっぽど日頃の行いがいいんですね… 」

そうだろう。そうだろう。

夕方、この山行中で初めての雨がざあっと降り、やがてやんだ。

今夜の米もいい炊き具合だった。