灼熱アルプス Day3 – 鷲羽岳 / 三俣蓮華岳

目覚めは悪かった。

背中が痛くてよく眠れていない。疲れはまったく取れてない。

テントの外はすでに明るい。周囲の登山者はとっくに出発しているだろう。まあいい、今日は縦走中で最も行程が短い日だ。

朝から米を炊くのも面倒なので、非常時用のインスタントラーメンを食べた。

のろのろと撤収して出発だ。今日は鷲羽岳に三俣蓮華岳を超えて黒部五郎小屋まで行く。鷲羽も三俣蓮華も過去に登ったことがある。どちらの山も巻いて黒部五郎小屋まで行くこともできるが、それだとなんだか負けた気がするので、すべてのピークを踏んでいく。

まずは祖父岳への登りからだ。体が重く、なかなか標高が上がらない。前日に二回登った祖父岳への三回目の登りだ。モチベーションも上がらない。すでに、巻いとけば良かったかなという気持ちになっている。

昨日と同様に周囲の山々もよく見えているが、昨日の朝のような感動はない。

12時間前にうんざりしながら登り返した登山道を今度は下り、ワリモ北分岐まで来た。

ここでも鷲羽岳を巻いて、三俣山荘へ行くこともできる。もう登りを登る気力体力が乏しく、ほんと巻いてしまいたかったが、以前に鷲羽岳に登頂したときはガスに包まれていて何も見えなかった。三俣蓮華岳もそうである。こんな天気のいい機会を逃す手もない。以前の登頂が好天だったら、もしくは今回が悪天候だったら、それを言い訳にして巻いてしまったかもしれないが、巻くに巻けない状況である。まったく山の神様は意地がいいんだか悪いんだか。いや、いいと思います。山の神様ありがとう。

岩苔乗越まで来たら、あとはもう登るしかない。体力がまったく回復せず、ゆっくりゆっくりと登る。後から登ってきた登山者にガンガン抜かされていく。まあいいよ。自分のペースで登れるのが、ぼっち登山のいいところだ。

鷲羽岳の山頂は、たくさんの人で賑わっていた。そして景色はしっかり見えていた。こんな眺めだったんだな。見たいなと思っていた鷲羽池も見ることができた。さすがにあそこまで降りていく気力は無かったが、見えただけでもじゅうぶん嬉しい。

そしてまた、ゆっくりゆっくり三俣山荘へと降りていく。鷲羽岳もなかなか大きな山だ。山の大きさをしみじみ実感しながら下る。

山荘に着いたのは11時だった。出発も遅かったが、歩くペースもひどく遅い。想定の1.5倍ほどかかっている。

それにしてもお腹がへった。出発前にインスタントラーメンを食べてからは、残り少ない行動食をちまちま食べてきた。いつもなら弁当があるのだが、今日は無い。昼もインスタントラーメンを作ればいいと考えていたが、なんかもうめんどくさいし、時間も押してるし、それにもうちょっとマシなものが食べたい。そういえば入山してからろくなものを食べてない。

うーん…。どうしよう。

もちろん山荘の食堂で食事を取ることはできる。どうしようか。自分で飲み食いする分は自分で担ぎ上げる主義なのだったな。やっぱやめとこうか。昨日も一昨日も、小屋で売ってる冷たいジュースをチラ見して通過したんだしな。あんなに暑くて喉も渇いていたのにさ。食堂の外に出ているメニューを眺める。カレー、ラーメン、オムライス。ありきたりな山小屋メニューだ。ザックから調理器具を取り出して、非常用インスタントラーメンを作れば済むではないか。でもめんどくさいな。ひどく暑いし。つかれてるし。

しばらく食堂の前をうろうろしていたが、もういいやと思い切って入った。主義主張にはこだわらない主義なのだ。

それにしても、山小屋で食事するなんていつ以来だろう。同行者のあるときは、同行者の意向で小屋の食事をいただくことはある。そんなときに、いや、食べない主義ですからと拒否するほど野暮ではない。しかし、ひとりで食べたとなると、すぐには思い出せない。ジャンダルムから降りてきて、涸沢でおでんだかモツ煮だかを食べたくらいだろうか。あの時はなんだか下山したみたいな気分だったしな。

自分で作るインスタントラーメンの代わりにいただく小屋のラーメンは、美味しいのか寂しいのか嬉しいのか虚しいのか、なんとも複雑な味がした。

さて、食べ終えたら、三俣蓮華岳への登りだ。これも巻くことはできるが、ここまで来たら巻いてられない。それに天気も上々だ。ラーメンも食べたしな。

登り始めたが、体が思うように動かない。重い足取りで遅々として登る。

今回のこの体力のなさは、体重を落としたこととも関係あるのだろうか。以前に減量したときも、登りで体力切れになるのでしかたなくもどしたのであった。減量したといっても、まだまだやや太り気味くらいの体重である。決して痩せてるわけではない。

最も太ってたときからは8キロ減量した。8キロすべてが脂肪ではないだろうが、これをエネルギーに換算するとどれくらいになるのだろう。体脂肪の20%は水分などだというので、純粋な脂肪分は6.4kgになる。脂肪のカロリーはグラム当たり9kcalだから…

6.4×1000×9=57,600kcal

なんと!57,600kcal!

縦走登山だと、一日当たりの消費カロリーは8000kcal程度にもなるという。つまりは、一週間分の縦走ができるエネルギーが消えてしまっているのだ。

これを、行動食の定番おなかがすいたらスニッ◯ーズに換算すると233本に相当する。これがどれくらいの分量になるのかピンとこないが、希望小売価格では30,290円(税抜)となる。もしかしてもしかすると、おなか周りに蓄えた貴重な資産を溶かしてしまったのだろうか…

これではシャリバテしても当然だろう。いままでそんなに食べなくても平気で登れていたのだが、以前と同じつもりだと痛い目を見そうだ。

今後の食料計画はともかく、いまは目の前の登りだ。いまは気合と根性で登るしかない。登山に必要なのは、睡眠、水分、カロリー、気合、根性!

ふらふらのヘロヘロで三俣蓮華岳に到着。なんだか1000人くらいに抜かされたような気がする。抜かしたのは、汗びっしょりで三俣蓮華岳を見上げて、あれが黒部五郎ですか?と訪ねてきた太ったおじさんただひとり。確かにカロリーも必要だが、もう少し痩せないとキツいでしょと、余計なお世話が心に浮かんだ。

ここから先は歩いたことのない区間になる。やはり、初めて歩く道は新鮮な気分になる…はずだが、いやそれなりに新鮮な気分にはなっているのだが、なにせ暑くてバテてて風景をエンジョイする余裕が足りない。ここまで三日間ずっと多量の汗を吸い続けたシャツは、素肌にべったり張り付いて不快だ。

なかなか小屋が見えないので、まだかまだかと思いながら歩いていたが、小屋が見えてからは早かった。一気に下って黒部五郎小屋に着いた。

すでにスペースはないかと思われるくらいのテント数だったが、なんとか平坦で岩のない場所を確保した。これで今夜は体を伸ばして寝られる。

受付をすませ、ビールを購入。ぐびっと一気に飲む。うん、うまい。金で解決できるものは、金で解決する主義に鞍替えだ。

まともな時間にテント場に到着すると余裕があっていい。午後3時というのは、決して早くはないが、この二日間と比較すれば雲泥の差だ。ビールを飲み、読書をし、夕飯の支度にかかる。優雅だ。

読書に夢中になってたら、焦げた匂いが漂ってきた。あっ、いけねと慌ててコッヘルを火から下ろす。おそるおそる口にすると、底にお焦げのできたご飯はなかなか美味しく炊けていた。やはり山の炊飯は、時間でなく匂いで炊かないといけないな。

スパイス入りで保存性を高めたペミカンを、炊いたご飯と炒め合わせて夕飯にした。食べるのがつらくなるほどひどいできだった一昨日のご飯がトラウマで少な目に炊いたのだが、美味しくできたので明日の弁当分も含めて完食してしまった。

まあ、いいか。明日は明日の風が吹く。