地味山登山のススメ – 経ヶ岳

頭上には木々が生い茂り、足元は笹に覆われている。どこまで登っても同じ光景だ。経ヶ岳は木曽山脈の端に位置する独立峰のような山なので、里から登るとただひたすらに登りが続く。地味な急登だ。距離も長い。

いや、地味な山だってもちろん好きだ。大無間山とか和名倉山とか、とても好きな山だ。樹林帯の登りをひたすら登り、展望のない山頂に至る。そんな山には、ただ山に登るという純粋な行為のみが存在している。それはとても美しい。

ずいぶん登ったころ、登山道の脇の笹薮に咲く一輪の大きな花が目に入った。ササユリだ。もう終わってるかと思っていたが、まだ待っててくれたようだ。緑と茶色の風景に淡い彩りを添えている。

こんな地味山でも登山者の姿を見る。早朝は数人のソロおじさんが登っていたが、物好きソロおじさんはどこにでもいる。しかし下山時にはグループやご夫婦や、こんな地味山で出会うには似つかわしくない登山者に次々とすれ違った。これは間違いなく、この山が日本二百名山のひとつだからだろう。日本二百名山!どんな基準で選んでるのか知らないが、むしろ地味山百選とかのほうがぴったりくる。

七合目でようやく視界が開けた。いつもとは違う角度の南アルプスは新鮮で、まるで別の山だった。

七合目からはわずかに下る。これが、この日初めての下りになる。ここからは八合目九合目とひとつづつピークを超えて山頂に至る。

八合目はぐるりと視界が開けていて、晴れていれば展望の良いピークであったろう。この位置からなら木曽駒や御嶽山はもちろん、南北アルプスに八ヶ岳も見えるのではないか。しかし、あいにくガスが出てきて、周囲の山々は隠れてしまっていた。

九合目への登りで気配が変わった。ここまではチャラい感じの黄緑色の山だったのが、とたんに深緑色をした神秘の様相を呈している。九合目ピークには、麓の仲仙寺の奥の院があったという。さもありなんという雰囲気だ。

九合目から再び下り、最後の登りを登るとようやく山頂だ。山頂は針葉樹の林に囲われていて展望はない。うん、美しい。美しい登山だった。

静かに座って昼食をとった。

時間はあるので、ゆっくりしていたかったが、無数の細かい虫にたかられ続けるのには閉口した。それに他の登山者も登ってきたので、そろそろ下山しよう。あの長くて地味な山道を下って。