深南部の三日間 – day1 後編
笹原が続く。気分のいい稜線だ。
深南部の山々に囲まれて歩く。雪を戴く南アルプスの高峰も見える。
気分はいいが楽ではない。それなりのアップダウンをくり返していく。距離も長い。時間がどんどん過ぎていく。
ヘリポートで給水。縦走路を外れ、斜面を降りていくと水場があった。
正直、もうここで泊まりたいくらい疲れていた。しかし初日がここだと、三日で下山するのがいっぱいいっぱいになる。暗くなるまでにはまだ時間があるので、先へ進んでおくことにする。
足元に生えていた笹が、膝くらいになり、さらには腰の高さになってきた。道はあるようでない。笹薮を突っ切って進む。
笹原から樹林帯に入った。明るい稜線から、針葉樹の薄暗い森へ。それまでの平坦な道が、山らしい登りになった。笹の藪は途切れることない。笹薮の斜面を登っていく。傾斜はどんどん急になり、笹の高さはどんどん高くなっていく。
ついには、まっすぐ立っていられないほどの急斜面になった。笹は背丈より高く伸びている。足元は湿った土でよく滑る。笹薮に埋もれ、笹をつかんでかろうじて立っている。この状態で登っていかねばならない。あまりの急な登りに堪らずトラバース気味に進むと、山頂方向を外れてしまう。どうやら、この笹薮を直登していかねばならないようだ。
現在地点の標高を確認した。1830m。まだあと230mほど高度を上げなければならない。笹を掴んで体を持ち上げながら。
とにかく滑るから、掴んだ笹は離せない。一歩登って半歩滑り落ちる。笹を握る手に力が入る。時刻は16時半を過ぎている。この調子で遅々として登っていくと、山頂到着は何時になるのだろう。
急登も笹薮も容赦ない。ただ黙々と目の前の一歩を登るしかない。先を案じても意味がない。いまこの一歩をくり返していくしかない。
どれくらいの時間が経っただろう。傾斜が緩やかになったなと感じたら、黒法師岳の山頂に着いた。
今日はここまででいい。できれば黒バラ平まで行きたかったが、もう時間切れだ。こうなることを見越して、水は確保してある。
山頂標識の周りだけ笹がなく露地になっていた。ビバーク用テントをそこへ張る。
ふと見上げると、西の空が赤く染まっていた。笹薮をかき分け、見晴らしの良いところまで行く。
赤い太陽が山の向こうへ沈んでいくのをじっと眺めていた。
テントへ戻ろうと振り返ると、東の空には満月が輝いていた。
長かった一日が終わろうとしている。
つづく