奥秩父の地味な尾根 – 十文字山 / 三国山
毛木平からの甲武信ヶ岳は、ほとんどの人が反時計回りで登るだろう。千曲川源流の道は十文字峠経由に比べて距離が短く、登頂までにかかる時間は3分の2以下だ。それに水辺の道は涼しげで気持ちいい。この日も、ほぼ満車の駐車場から歩き始めた登山者の大半が千曲川源流の道へ向かった。だが中には時計回りで登る変わり者もいるようで、十文字峠への登りでも何人かの登山者を見た。
私の目的地は甲武信ヶ岳ではない。十文字峠からは北へ向かい、十文字山から三国山まで歩いて三国峠から下山する予定だ。おそらく他には誰もこちら側へは来ないだろう。
2時間近く沢を登って尾根に乗ると、そこから十文字峠まではトラバース路になる。このトラバース路は十文字山を巻くように付いているので、わざわざ十文字峠まで行かなくても、このまま尾根を登ればいくらか近道だ。地形図を見ても問題なく登れそうだし、うっすら踏跡も付いている。問題は取付き点で若いカップルが休憩していることだ。バリエーションルートに入るところを見咎められるのはめんどくさい。
ごく稀にだが、あまり一般的ではない登山行為、例えばバリエーションだとかナイトハイクだとかをしようとした際に、その場にいた他の登山者に注意されることがある。こういう時にイキって注意してくるのは、カップルで来ている若い男だ。たぶんカッコつけたいのだろう。これが昭和なら、うるせえと凄めばおしまいだけど、令和のいまはそういうわけにもいかない。かといって初心者くん相手に、登山道とは何かを法律に基づいて解説するのもめんどくさい。
しばし待ってみたが、カップルは歩き出しそうにない。しかたがないので、別に悪いことしているわけではないのだからと尾根に足を踏み入れた。
尾根を登って標高を上げていく。振り返ると、50mほど下のトラバース路をカップルが歩いている。こちらからあちらが見えるということは、あちらからもこちらが見えるということだ。まあいい、気にしないでおこう。「なにやってんですかー!」とか、「ダメですよー!」とか叫ばれてもいないことだし。
うっすら付いていた踏跡も、標高を上げていくと消えてしまい、あとはただただ歩きにくい尾根だった。これだったら遠回りして十文字峠から登ったほうが楽だったかもなと思ってるうちに十文字山に到着した。
特になんの特徴もない山頂だ。次へ行こう。
十文字山から先の縦走路はあまり歩かれてないのだろう。踏み固められてなく、しばしば消えてしまう。
尾根を歩いていくだけなので迷うことはない。越えられない大岩は左側から巻いた。
迷うことはないものの、整備されてないので歩きにくい。スピードは出ず、ゆっくりとしか進めない。気づけばCT1時間20分の区間に2時間半もかかってしまった。
ほぼ2倍じゃないか!ていうか1時間20分なんて走らなければ無理だ。無茶苦茶だよ、このCT。まあ、12年前の地図を使ってる私も悪いのだけど、12年前でもこのCTはいかんだろ。現行の地図では修正されているのだろうか? 案外そのままだったりするかもしれないが、歩く人もほとんどいないから問題にもならないのだろう。
その後のCTもキツかった。昼過ぎには下山できるつもりだったが、これだと夕方になりそうだ。
展望があったのは1ヶ所だけ。あとは奥秩父の地味な尾根をとぼとぼ歩く。退屈だし暑い。
予定よりだいぶ遅れて悪石まで来た。ここから三国峠へと下っていく。
三国峠からは三国山をピストンした。疲れた体には登りが厳しい。
三国峠へもどったら、あとは舗装路を下るだけだ。だが、この舗装路区間もCTがキツめで遅れてしまう。なんなんだよ、このCTは…。
麓まで降りると、大規模レタス畑の入口で奇声を発して首を振る電子狼に威嚇された。なんじゃこりゃと思ったが、害獣避けにとても効果があるらしい。
さらに1時間ほど車道を歩いて毛木平に帰ってきた。ずいぶん時間のかかってしまった周回だった。
車にもどると、なんと隣の車で帰り支度しているのは、朝のカップルではないか。すぐに気づいたが、むこうもすぐに気づいたようだ。
カップルの女性のほうが近づいてくる。いやな予感がする。
「どこを登ってきたんですか?」
それは、咎めるような口調ではなく、興味津々で尋ねずにはいられない様子だった。ホッとして答える。
えーっと、あのあたりからあのあたりをぐるっと回って…と周囲の山を指し示した。
「すごいですね!」
いや、まあ、ぜんぜんすごくないし、なんならすごく遅かったんですよと思いつつ、まあいいかとそういうことにしておいた。
2025年7月