酒田の焼きそば
酒田のご当地グルメといえば、やはり酒田ラーメンだろう。あるいは日本海の新鮮な海の幸だろうか、それとも地の食材を用いたフランス料理だろうか。だが、ここで紹介するのは焼きそばだ。断っておくが「グルメ」とは言いがたい。美味しくないわけではないが、いわゆる美食とはベクトルが違う。
寂れた町の寂しげな中心街の古ぼけたビルの一階に米沢屋はある。昭和33年からつづく焼きそば専門店だ。ちなみにすぐとなりの三日月軒も実に味のあるラーメン屋で、こちらは昭和31年創業だそう。
焼きそば専門店米沢屋のメニューには焼きそばしかない。具材の肉、イカ、玉子と、小、大、特大という量の組み合わせの他は、カレーやきそば、オムやきそば、ピリ辛やきそば、シップやきそばといったバリエーションだけだ。
ん?シップやきそば?なんじゃそりゃ?と気にはなったが、ここはオーソドックスに「肉玉子入れ」にしておいた。「入り」ではない、「入れ」だ。こんなところにもなんだか老舗を感じる。
配膳された焼きそばを目にすると少々とまどうかもしれない。白いのだ。ソース焼きそばなのに白いのは、ソースがかかっていないからだ。焼きそばとともに置かれたソースを自分でかけて食べる、ソース後がけ焼きそばなのだ。
焼きそば研究家の塩崎省吾氏の著作によると、ソース後がけ焼きそばを提供する店は全国に点在しているらしい。どこも昔ながらの古い店だ。ソース後がけ焼きそばは、戦後しばらくソースの品質が悪く、加熱すると風味が消えてしまったために産まれたのではないかと考察されていた。そんな昔の創意工夫が、ソースの品質もすっかり良くなった令和の世でも継続している。浪漫じゃないか。焦げたソースの香ばしい匂いを捨てても、古の風味を守りつづけているのだ。
周りの地元民らしき爺さん婆さんを観察すると、想像以上にたっぷりとソースをかけている。ソースをかけるというか、ソースでしゃびしゃびにしている。その光景には、昔は貴重だったであろうソースを存分にかけられる悦びがあふれていた。
私も周囲の爺さん婆さんに習ってソースをたっぷりかけてしゃびしゃびにし、ソースの風味が新鮮な焼きそばを食べた。
麺は昔ながらの二度蒸し麺、いまどきの甘くて味の濃いソースではなく、あっさりとして酸味のあるウスターソースだった。
2025年4月