ガボッチョ!

つらつらと地図を眺めていた目が、ふと止まった。

ガボッチョ

ん?なんだこれ?山の名前か?

霧ヶ峰高原にある1681mのピークらしき場所に、そう書いてありました。

なんだこれ?登れるのかな?

登山道はありませんが、地形図を見る限りは普通に登れそう。山頂直下は多少の勾配がありますが、それ以外はなだらかな丘陵地帯です。それにビーナスラインの駐車場からもそんなに遠くはありません。

よし、行くか。行ってみよう。ガボッチョへ!

ビーナスラインを適当に歩き、適当な場所からガボッチョを目指します。

雪原の先にポコっと飛び出したおっぱい型の丘がガボッチョです。大きさはAカップか、せいぜいBカップ。すぐそこに見えてますし、どこからでも登れそうです。

楽勝だろうと出発しましたが、歩き始めて10mで考えが甘かったと思い知らされました。踏み抜きがひど過ぎるのです。

わかんを付けて再出発しましたが、わかんがあっても踏み抜かないわけではありません。ツボ足より多少マシなくらいです。いきなりヒザや腰まで踏み抜くこともあります。

ラッセルなら覚悟して頑張るだけですが、踏み抜きだとそうもいきません。一歩二歩三歩と普通に歩いて、四歩目にずこーっと腰まで踏み抜くのです。踏み抜きは体力も気力も消耗します。踏み抜いた足を引き上げるのもひと苦労。もがけばもがくほど深みへハマっていきます。

しだいに疑心暗鬼になってきました。次の一歩を踏み出して大丈夫だろうか、体重をかけて大丈夫だろうか、そーっと足を置き、少しだけ力を入れ、大丈夫そうだなと確認して、ゆっくり体重をかけていくと……ズボッ!

パッと見はなだらかで簡単そうでしたが、見かけによらずかなり手強い。

踏み抜き地獄の丘陵部を抜けてガボッチョの麓まで来ました。ここからは本格的な登りが始まります。といっても標高差は70mちょっとしかありません。雪がなければ楽勝なはずです。雪がなければ…。

斜面の雪は深く、踏み出すと大きく踏み抜いて前につんのめって倒れます。起き上がろうと力を入れるとさらに深みへと…。ジタバタもがいてようやく次の一歩を踏み出すと、再び大きく踏み抜きます。汗をダラダラ流して格闘してもほんの1メートルも進んでいません。山とは言えない丘のくせに…。

一歩を踏み出すごとに、前に倒れて手をつきます。雪面には点々とシカの足あと。なんでやつらは踏み抜かないのだろう。体重だって人間と変わらないはずなのに。リスが踏み抜かないのはわかります。リスは軽いですから。でも、シカはそうではありません。

もしかすると、四足歩行と関係があるのでしょうか。四足歩行なら、一本の足を上げても、体重は残りの三本に分散して加重されます。仮に前足の一本と後足の一本を同時に上げたとしても、残りの足にかかる重さは体重の二分の一です。二足歩行の人類は、必ず一本の足に全体重がかかってしまいます。

閃いた。よし、これだ。シカ歩きで進もう。

手をついたまま、雪の斜面を四つん這いで登ります。いわゆるハイハイってやつです。まさかこの歳になって、しかも雪山で、ハイハイすることになるとは思ってもみませんでした。

やってみると、これがなかなかいけます。踏み抜かずに進めるのです。やはり体重は分散して加重するべきです。三点支持は最強です。登山の基本は三点支持です。

四足歩行にはひとつ問題がありました。人類は四足歩行に慣れていません。踏み抜かないのはいいのですが、進むペースがやたらと遅い。ハイハイでそんなに速く進めるものではありません。これではいつまでたっても山頂に着かない。

日が昇り天気もよく、ビーナスラインの駐車場には何台もの車が止まっていました。ガボッチョと駐車場は2キロほど離れていますが、あいだにさえぎるものはなく、はっきり見えています。こちらからあちらがよく見えてるってことは、あちらからもこちらがよく見えているはずです。駐車場の観光客がこちらを見て指差しています。いや、あれはきっと八ヶ岳や南アルプスを見ているのでしょう。そうに違いありません。すぐそこのしょぼい丘など視界に入ってないはずです。と思いたい。

なかなか進まないのと、見られて恥ずかしいのとで、四足歩行はやめにして、二足歩行に切り替えました。しかしまあ、そうするとすぐに踏み抜きますわな。雪が深く踏み抜きの大きいところは四足歩行で突破して、あとは普通に歩くというハイブリッド方式で、ガボッチョ東面を登っていきます。

山頂に近づくと穏やかな平地が広がってました。とりあえず急登は終わったようです。八ヶ岳や蓼科山がよく見えています。振り向くと車山がすぐそこに。なだらかだとは言っても踏み抜くことに変わりはなく、ズボッとハマって腰砕けになりながら山頂を目指します。

そして登頂しました。ガボッチョにとうちょ!!(これが言ってみたかった)

広々として優雅な山頂です。周囲の山々も綺麗。登頂の困難さが、充実感をよりいっそう高めます。

ガボッチョは双耳峰…というにはあまりにショボく、どう見てもおっぱい山ですが、つまり山頂がふたつあります。地図上では、いまいる東峰が山頂となっていますが、なんだか西峰の方がちょっとだけ高そう。まあ、どっちが高かろうとも、両方とも行くには変わりありません。

なるべくなだらかそうで雪の少なそうなとこを選んで西峰を目指します。鞍部は雪が吹き溜まってるのでうんざりします。

そうして西峰にも登頂しました。なんだかよくわからないオブジェもありました。山頂標識の代わりでしょうか。

広々とした山頂を歩き回ると思いっきり踏み抜きました。しかたないので山頂オブジェの周りでおとなしくモーニングコーヒーとします。

眺めのいい気持ちいい場所です。だれも来ないのもいい。雪が多いのはまあしかたないとして、ビーナスラインの駐車場から丸見えでなければもっといいのですが…。

さて、下山です。またまた踏み抜き地獄が待っています。西峰からさらに西へ降りると傾斜はゆるいのですが、北斜面を降りることにしました。西側を降りるとかなり遠回りになるし、北側には目印があったので。

で、降り始めてすぐに後悔しました。北斜面はかなり急です。目印がなければ、ここを降りようとは思わないでしょう。それに雪も深く一歩ごとに腰まで埋まります。まったく遅々として進みません。

斜面の途中に案内看板らしき物が見えたので、そちらへトラバースしていきます。雪は深く、わかんで踏み固めながら進みます。山頂からわずかの距離なのに、ずいぶんと時間がかかっています。

案内看板には、ここがスキーのジャンプ台として開発されたこと、山頂に建立されたスキー神社は車山へ遷座されたこと、などが記してありました。しかしこの案内看板、こんなところにあって見る人はいるのでしょうか。

ガボッチョ北面を沢まで下りました。

このまま真っ直ぐ登り返すと駐車場に出るのですが、観光客が鈴なりになってるところへにょきっと飛び出すのもちょっとアレなので、適当に歩いてビーナスラインのなんでもないとこを目指します。

踏み抜く雪と格闘しながら尾根に上がると、朝の自分の足跡と合流しました。なんだかちょっとホッとしました。あとはこれを辿って帰るだけです。

たいした距離でも標高差でもないのに、なかなかの手強さとなかなかの楽しさと素晴らしい眺めでした。

いい山だったぜ、ガボッチョ!