静寂と孤独の尾根 – 仙丈ヶ岳 / 仙塩尾根

一歩踏み出すと、さっと空気が変わった。

晴天の夏の日、人気の山はどこも人でいっぱいだ。仙流荘のバス乗り場は早朝から長蛇の列であった。北沢峠から仙丈ヶ岳の山頂までは、いつでも登山者が視界に入っていた。

山頂には次々と登山者が到着し、思い思いに時を過ごしていた。しかしもう、そんな喧騒は全く心に届かない。

目に入るのは厳しくかつ優しくそこにある稜線だけだ。百名山の賑わいとは隔絶された別の世界へと入ったのだ。ここは、静寂と孤独が支配する尾根だ。

仙塩尾根を歩き始めると、とたんに高山植物が増えたと気づく。やはり人が多く歩く場所とは、自然へのインパクトが大きく違う。

仙丈ヶ岳からしばらく下ると大仙丈ヶ岳の山頂に着く。ここまでは歩いてくる人も数人はいる。しかし、ここから先は完全にひとり旅である。

森林限界を大きく超えた稜線だ。標高は3000m近い。荒涼とした風景の中をひとり歩く。なんとも不思議な気分である。

だれもいないので、なにをしようと自由である。いまはルールとかマナーとか規制とかやたらと小うるさいこと言う輩が多いが、山に登るというのは本来は、そんな世間のあれこれには関知しない自由な行為であったはずだ。

特別なにかするわけではないが、なにをしても見咎められることのない自由が担保された状況が美しい。そう、ここは自由で美しい尾根でもある。

標高は少しづつ下がっていき、やがて樹林帯へと入っていった。

樹林帯のピークや池を超えて歩く。

独標に着いた。ここは露岩のピークで、樹林帯歩きのなかの唯一の展望所である。

こちらから見ると大きな山容の仙丈ヶ岳。あそこから歩いて来たのだなと感慨深い。並行するのは白峰三山、そして目の前には塩見岳まで続く仙塩尾根。こんな景色をひとり占め、実に贅沢である。

一瞬の展望を得たあとも長い樹林が続き、やがて野呂川越に着いた。今回はここまで、続きはまた来よう。

分岐を両俣小屋へと下った。

2018年7月