いざ、白山へ! – 前編

三時間ほど登り、南竜ヶ馬場のテント場に着いた。広々として眺めが良い。オニユリ、キンポウゲ、チングルマ、花もいっぱい咲いている。気持ちのいい、まさに天国のような場所だ。それに幕営料もとても良心的である。

天国のテント場はそこそこ混んでいた。まだ午前9時でこれだから、この先かなりの混雑になるだろう。とはいえ広いので、遅くなっても張れなくなることはなさそうだ。

この混雑は深夜の駐車場の様子で予想はしていた。ここまでの登山道もなかなかに渋滞していた。わかって登ってるので不満はない。山に人が多すぎるという文句をよく耳にするが、それはそういう山ばかり行くからだろう。混雑するのはごく一部の有名山域だけで、それ以外では三日で一人しか出会わないようなことも普通にある。

白山は、日本アルプスなどとは明らかに登山者層も違っていた。多くの人が軽いレジャー風で、ファミリーとかカップルとか友人同士で気軽に登りに来たように見える。中には、それ普段着でしょ?って格好の人もちらほらいた。

そう、ここは北陸一の人気の山なのである。白山は北陸の高尾山だ。いや、格式と標高を考慮すると、白山は北陸の富士山なのだ。

テントを張ったら、さっそく別山を目指して歩き始める。今回は南竜まで装備の上げ下ろしをするだけで、あとは軽身なので気が楽だ。

見通しの良い縦走路は気持ち良く気分が上がる。

花はほんとにたくさん咲いている。どこも一面の花畑だと言っても言い過ぎではない。ハクサンコザクラにハクサンフウロ。ハクサンと頭に名の付いた高山植物はいくつもあるが、ここがその本場なのである。

登山道の両脇、斜面を埋め尽くすようにニッコウキスゲが咲いていた。大きな花が見渡す限りに咲いてるのは圧巻だ。山肌がオレンジ色に染まっている。思わず、すげぇ〜と声の出る景色だった。

ニッコウキスゲに囲まれて歩く。妙にふわふわした気分になる。

白山では鹿の食害はないのだろうか。

ほんの二、三十年前まで、日本の山には花があふれていた。お花畑として著名な場所の当時の写真を、現在の姿と比較すると愕然とする。かつては見渡す限り一面に花咲き誇っていたのが、いまでは鹿よけネットで囲われた狭い範囲に、ぽつりぽつりと咲いているだけなんてところも多い。

鹿の被害がこれほどまでに大きくなってしまったのは人間のせいである。日本人は、食物連鎖の頂点としての役割を放棄して久しいため、日本の山の自然のバランスは、いま大きく崩れている。

青い空、白い雲、緑の山々、色とりどりの花々。

もしも天国があるのなら、まさにこんな場所に違いない。

しかし、天国はこんなに暑くはないだろう。

この夏の異常な高温で、標高2000mを越えても、まったく涼しさはない、というか普通に暑い。気温は30度くらいありそうだ。そういえば麓は日中40度を超えていて、暑いというよりは痛かったのだった。

ダラダラと汗を流し、よれよれになって別山に着いた。

空を埋め尽くすようにトンボが飛んでいた。ここでは、自然は圧倒的な物量を誇る。

再びゆっくりと来た道を引き返し、テント場にもどった。残雪で冷やしておいたビールにワインを飲むと、つかれと寝不足で早々に眠ってしまった。

夜中に目を覚ましテントの外へ出ると、満天の星が煌めいていた。夜空に宝石をぶちまけたような星空を見上げて、動くことできず立ちすくんでいた。