高尾 de 忘年会

「あさかわへ連れていきなさい!」とS子先輩。

来ました…。先輩命令です…。

あさかわというのは高尾にある登山者御用達の居酒屋で、居心地の良さと昭和な雰囲気で、なんとなく落ち着くお店です。
そのあさかわも駅前の再開発により、今年いっぱいで閉店ともいわれています。

「じゃあ、忘年会はあさかわで」

忘年会するだけなら、山に登らなくてもいいですよね? 平日でも?

「ダメ。登ってからじゃなきゃダメ」

先輩命令は注文が多いです。

しかし土日のあさかわは混んでます。開店直後じゃないと確実には入れません。そこから逆算して、バスや電車の時間も調べなくちゃなりません。忘年会の前には温泉に連れていけとの追加命令も下りました。それでさらに高尾へ下山となると、登るところを探すのが難しいです。

「じゃあ、ルートはよろしく」

出ました…。丸投げです…。

あれこれあれこれの注文を取り入れつつ、いくつかご提案した中から、早朝に高尾山口に集合して、南高尾をぐるっと歩いて昼過ぎには下山。そして温泉からのあさかわという予定になりました。

今回は、いつものS子先輩に加えてK美先輩もご参加です。

K美先輩は毎回の山行にいつも行く行く行くと言いつつも、いつも山へ行けない呪いをかけられたかのように、のっぴきならない事情が発生して不参加となっており、すっかりオオカミ少年…いや、少年じゃありませんね…オオカミ少女…いや、それはさすがにちょっと……えーっとえーっと、すっかりオオカミお姉さんです…。

早朝の高尾山口駅には、S子先輩とともに、オオカミお姉さんもいらっしゃっていました。

わたくしは高尾山から徒歩三時間という近距離に住んでるのでいいですが、お二人はずいぶん遠方からのご参加です。
朝まだ暗いうちから電車に乗って、二回の乗り換えをして二時間かけて来たのです。高尾くんだりまで…。酒飲みに…。どんだけ飲みたい人たちなのでしょう…。

というわけで、屈強な岳人S子先輩(血液型B型)と、ドSな岳人K美先輩(同じくB型)と、責任感が強くて繊細で几帳面なわたくし(血液型A型)の三人で出発です。

厳しい一日になりそうです…。

民家の間の路地を抜けて登り坂をずんずん登っていくと、しばらくして尾根道に出ました。ここから草戸峠を通って、まずは草戸山を目指します。

歩いてる間ずっと、K美先輩の厳しい尋問を受け続けます。

「毎週山に行ってるの?」

まあ、だいたいそうですね。

「うらやましいなー」

他にすることがないもので…。

「さみしいねー」

……。否定できません…。

草戸山では「伐採中注意」の看板を取り囲んで大騒ぎ。看板の書体やらなんやらに、K美先輩のツッコミとS子先輩のボケとでたいへんです。
「伐採中注意」の看板でここまで盛り上がれる人たちもなかなかいないでしょう。

そこへたまたま現れた単独の男性は、われわれと目を合わせないようにして、そそくさと立ち去って行きました…。

看板で大盛り上がりした勢いのまま、さらに先へ進みます。
あいかわらずK美先輩の厳しい取り調べを受けながらの縦走です。

「買い物に行って欲しいものが見つからなかったらどうするの?」

自分で探しますよ。人に話しかけるのはめんどくさいですから。

「それでも見つからなかったら?」

あきらめます。

「そこまでー」

無駄にしゃべらない男ですからね。
無口なことでは、高倉健かあずわさかって言われています。

単調な尾根道を賑やかに歩いていきます。

ぽつりぽつりとすれ違った他の登山者やトレランの人たちには、われわれの姿が見えないうちから、大きな笑い声が聞こえてたことでしょう…。

しばらく歩くと、登山道のわきに強引にベンチが作り付けられた展望所に着きました。

目の前は展望が開けています。といっても見えるのは津久井です。

ここでS子先輩持参の山頂フルーツをいただきました。

K美先輩の大好物のイチゴに、わたくしの大好物だけど皮がむけないからひとりで食べられない柿です。

「柿はビタミンCが豊富だから。飲む前に食べとかないと!」とS子先輩。

さすが。いや、どんだけ飲むつもりなのでしょう…。

食事は軽めにすませておきます。なんといっても下山後がメインですからね。
K美先輩持参のどら焼きを三つにちぎって各人がいただいたら、再び出発です。

中沢山に登り中沢峠から下山します。
あまり歩かれてなさそうな山道を少し下ると林道に出ました。

ひと気のない集落を抜け、そこだけ江戸時代なうかい鳥山を横目で見て、高尾へもどりました。

たいしてかいてない汗を温泉で流したら、いよいよ忘年会に突入です。

あさかわに向かって歩いていると、前方から吉瀬美智子似の美人がこちらへやってきます。K女史ご登場です。

K女史は、前日の昼から忘年会があり、夜にも別口の忘年会があり、さすがに翌朝から山に登るのも…ということで、忘年会のみの参加です。わざわざ東京の東の端っこから西の果てまで来ていただきました。忘年会のために。
しかし二日で三回の忘年会とは、どんだけ忘年会好きなのでしょうか。それとも、忘れたいことがたくさんある年なのかもしれません。

こうしてついに神様仏様女王様の勢揃いとなりました。

午後二時の開店直後に訪れたにもかかわらず、テーブルも座敷もすでにいっぱいで、カウンターの隅になんとか座ってすぐに満席、三時過ぎには店内全員出来上がってるという…。

なんという店でしょうか。あさかわ恐るべし…。

その後も飽きずに大盛り上がりし、ラストオーダー近くまで、六時間半も飲み続けてしまいました。

行動時間五時間だったのに…。