夏空に夏の山 – 物見山 / 八風山
夜半に降り出した激しい雨は早朝にはやんでいたが、空はどんよりと曇り、空気はたっぷり湿気を含んでいる。峠まで車で上がると周囲は霞んでいて、まるで雲の中にいるようだった。気温はこれからどんどん上昇して、登山にはまったく不向きで不快な天候になるだろう。気分は盛り上がらないが、ここまで来たんだしと、しかたなく歩き始めた。
内山峠に車を停めて、荒船山とは反対方向へ進む。内山峠から荒船山を経由して立岩までは過去に歩いたことがある。今回はこの群馬と長野の県境を北へ、物見山を通って八風山まで行く予定だ。
歩き始めてすぐに体温が上がり汗が吹き出す。足取りは重く気分は上がらない。
物見山までは、さほど時間もかからなかった。物見山の山頂からも物見岩のてっぺんからも、当然のように展望はなく、ただ白い空間が目の前に広がっていただけだった。
ここまでで終わりにしようかなとも考えていたが、まだ時間も早いので先へ進むことにした。天気はよくないし気分も上がらないが体調は悪くない。まあ、ちんたら歩いてもそんなに遅くはならないだろう。
物見山を過ぎてしばらくすると、ずっとかかっていた靄が取れて、近い山は見えるようになった。しかしまだまだ曇り空であり、遠くの景色は灰色の雲の中だ。こんな夏の日にこんなところを歩く登山者などだれもいない。今日はだれにも会わないだろう。
出発してから四時間足らずで八風山に到着した。小さな芝生の広場のような山頂に座り、たかってくる虫を払いつつ持参した弁当を食べる。
ふと気がつくと、辺りがなんだか明るくなっていて、見上げた空は青く輝いていた。
立ち上がり空を仰ぎ、両手を広げて目を閉じる。まぶたの裏が明るく光っている。そのまま目を閉じていると、自分がいまどこにいるのか、どこから来てどこへ行くのか、そんなことはどうでもよくなっていく。世界と自分との境界線が溶け出してあやふやになっていく。
ふわっと身体が浮かんだような気がした。
目を開くと、夏空に夏の雲が浮かんでいた。風景はキラキラ輝き、心地よい風が優しく吹き過ぎていった。人の心は空とつながっている、そんな言葉をふと思い出した。
さて、帰ろう。行きには曇り空だった物見山にも、帰りも巻かずにもう一度登ってみよう。
2019年7月