星空撮影教室 with 山頂デザート @北八ヶ岳
「さあ、行きましょう」
S子先輩はそう言って立ち上がると、ザックを背負った。
マジっすか!?
わたくしは心の中でそう叫んだ。D子先生も言葉には出さなかったが、そう叫んだに違いない。
星空写真家D子先生の星空撮影教室にS子先輩とともに参加することになったのは、星空撮影に興味があったからというわけではなく、二人よりは三人の方がいいだろうと人数合わせで呼ばれたためであった。だいたいいつも暇なので、人数が足りないときにはなにかと声をかけられる。野球とかフットサルとか麻雀とか。そういえば合コンには誘われないが、これはわたくしが参加すると女性の羨望を一身に集めてしまうためであろう。
人数合わせ要員なので行き先はお任せだったが、梅雨入りしてしまったため天気が安定せず、ころころ変わる天気予報に行き先も右往左往し、ついには中止と決定したものの、前日に予報が好転したため急遽やっぱり行くこととなった。
金曜の夜に仕事が終わってから、あわてて帰宅してパッキングだ。準備してなかったので、家にある食料を適当にザックに突っ込む。アルコール類はビール3本とワイン1本とS子先輩ご所望の自家製梅酒1リットル。いつもの一眼レフと標準ズームに加えて、星空撮影用の三脚と広角レンズも必要だ。テント装備も加えるとかなりの重さになってしまった。まあ、高見石小屋までなので、1時間も登れば着くだろう。それくらいなら荷物が重くても余裕だ。
早朝に待ち合わせし、当然のように運転手を仰せつかり、一路夏草峠へ。白駒池をぐるっと回ってから登りに取りかかり、ほどなくして到着した高見石小屋で、どこにテントを張ろうかなと考えていたところで冒頭のS子先輩のお言葉である。マジにマジッすか?であった。まだ登るんすか? 荷物は重いし、どうせちょっとしか歩かないからと登山靴も履いてきていない。
「だって、まだ9時半じゃない」
ごもっともです。いまからだと星空撮影教室まで10時間以上も待機になってしまう。高見石小屋より黒百合ヒュッテのほうが開けてて空もよく見えそうだ。それにいくらか星に近い分、ピントも合いやすいと考えているのかもしれない。
それにしても、テント装備を背負って登るのは二年ぶりだとかで、出発前はずいぶん腰が引けていたS子先輩だが、ここにきてがぜんやる気なのであった…。
というわけで、重荷を背負ってのさらなる登りだ。
早朝は青空もチラリとのぞいていたが、いまやすっかりガスに包まれていて、中山展望台から展望できたのはガスだけであった。この後も天気は崩れていく予報で、今日はもう山の姿は望めそうにない。
黒百合ヒュッテにはお昼に着いた。テントを張り、昼食を食べてしまうと、あとは特にすることもない。寝不足だったのでテントでゴロリと寝転んでいると、ぽつりぽつりと雨の音が聞こえてきた。
あー、やっぱり降ってきちゃったか。天気予報通りだな。はたして星空撮影できるのだろうか。天気予報を入念にチェックしていたD子先生によれば、午後の雨は夜にはやんで、それから月の出の10時までが勝負らしい。まあ、そういう専門的なあれこれは、すべて先生にお任せである。わたくしはお昼寝の時間なのだ。
雨は静かに降り続いている。
3時のおやつは、S子先輩のテントに集合した。二人用テントに三人入るとなかなか窮屈である。特に長身のD子先生は、背中を丸めて正座してて、見てるだけでも足がつりそうな姿勢だ。
お久しぶりの現地組み立て式山頂デザートは、手を合わせ拝んでからありがたくいただいた。
でもここ山頂じゃないけど…。
夕方には雨が上がったので、屋外で夕飯にする。まずはビールで乾杯、そして三年物の自家製蜂蜜梅酒へ。なんやかやと持ち寄った食べ物でアルコールが進む。
いつのまにか雲が切れて、日が沈むころには西の空が赤く焼けていた…というのは、D子先生の撮影した写真を後日見て知った。すでにすっかり酔っ払っていて、空のことなど頭の片隅にもなかった。D子先生のその写真には、夕日に染まる西の空とキムチ鍋を見つめるわたくしが写っていた。
度数高めの梅酒で出来上がってしまい、ワインには手付かずでひとまずお開きとなった。空はまだ薄明るいから、星空撮影教室は完全に日が落ちてからの開催となる。それまでひと休みだ。
この日、日没後には空のよく見える時間帯もあり、月の出までの短いあいだで天の川を撮ることもできた…というのは、D子先生とS子先輩の写真を後日見て知った。その頃わたくしは満腹と泥酔からの爆睡中であった。
翌朝、雲は多いがガスは出ていない。せっかくなので天狗岳まで登ることにした。昨日よりは視界もある。
東天狗の山頂からは、蓼科や南八ッの山々も見えた。うん、これくらい見えてれば、よしとしよう。
ヒュッテにもどり、のんびり撤収作業をしていると、わたくしの荷物をチラ見したD子先生がボソッと言った。
「三脚使わなかったね」
はい…。 あと、交換レンズの広角ズームも使わなかったし、ワイン(ビン入り)がまるまる一本残っているし、自家製カレーの元(けっこう重い)とマカロニ3人分もあるし、あと、いちおう持ってきた折り畳み傘も、どうやら使わずに終わりそうです…。
来た時とあまり変わらず重たいザックを背負って下山開始。
中山への登りの途中で、雲が切れて青空が広がった。昨日の出発時以来の青空だ。振り返ると、天狗岳の双耳峰が青空の下で輝いていた。
西天狗の山頂にでっかいケルンを作って、ちゃんと両方に乳首がついてるようにしないといけないなと思ったが、お二人の手前、言葉にはしなかった。
最後にはちゃんと晴れ間が広がる。うん、やっぱり持ってるな。この景色が見れただけで、ここまで来た価値がある。
下山を開始すると、すぐにまたガスが上がってきた。まもなく山も隠れるだろう。次々とすれ違う登山者たちは、青空に間に合わなくて嘆いている。そうだろそうだろ、あれはやっぱり持ってる男にしか見れない景色なんだよ。
あっ、そうそう、今回は新たに花ふたつと苔ひとつの名前を覚えた。ちなみに、このページの一番上の写真はコセイタカスギゴケという。苔ボーイを名乗る日も遠くないな。
今回もまた満足のいく山行だった。すっかり気を良くして、岩だらけの歩きにくい山道を軽快に下った。
2019年6月
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