お腹いっぱいの山行 – 妙高山 / 火打山

なんだか体が重い。

足が上がらない。

前を歩くK女史との距離が、どんどん開いていく。

早朝は青く晴れていた空も、いまではどんより曇っていて、気分も上がらない。

背中の荷物がやたらと重く、肩と腰にずっしり堪える。

もうだめ。ギブ。ちょっと寝ます。

夜中に高速をぶっ飛ばして新潟県までやってきました。燕温泉から火打山と妙高山に登る予定です。

昨夜は遅くに到着して、車のシートを倒してちょっとだけ仮眠し、早朝から出発したせいで、睡眠時間が足りてないようです。睡眠が不足するといつも、全く体が動かなくなってしまいます。

少しだけ休んで、再び登りを再開しました。しかし、ペースは一向に上がりません。

もっと楽で長閑なイメージだったのに、妙高山への登りはなかなかの急登でした。

「荷物、少し持とうか?」

全く登れないわたくしを見るに見かねてのK女史の申し出でした。もちろん遠慮なく持っていただきます。だいたい共同装備は全部わたくしが担いでるのだから、少しと言わずもっと担いでくれてもいいくらいです。

が、まあ、あんまり担がせて足でもつるとめんどうなので、とりあえず食材の入ったビニール袋を渡しました。これで1kgくらいは軽くなったでしょう。

しかしそれでも全く快復する兆しがありません。K女史にはどんどん引き離されていきます。今日はK女史ずいぶん速いなあ。それともやはりこれは、自分が登れてないのだろうか。

「もう少し持つよ」

荷物を背負うどころか、登り坂を登るのすら非常にイヤがるK女史にここまで言わせるとは、やはり相当登れてない雰囲気を醸し出しているのでしょう。では遠慮なく、三脚を担いでいただきます。

「やだ!!! 三脚だけは絶対やだ!!!」

K女史は頑なに三脚を拒否します。しかたないので1リットルのプラティパスを持っていただくことにしました。

「なにこれ? 水?」

いえ、ワインです…。

「はぁ!? なんでこんなにワインを持ってるのよ!!! こんなに飲むつもりなの!?!?」

実はまだ梅酒もあります、とは言い出せませんでした。

「重くていやになったら、そのへんに捨ててくからね!」

もったいないのでそれだけは勘弁してください。

さらに1㎏軽くなったので、だいぶ楽になりました。それにしても三脚は邪魔です。これがなくなるとずいぶん楽なんだけどなあ。車に置いてくればよかったかなあ。

「そうよ! だいたいいつもなんで三脚なんか持ってるのよ! どうせ使わないんだから! そのへんに置いといて帰りに回収しなさい!!!」

いや、この道は帰りには通りませんから。それに夜には星が出てて撮影するかもしれないですし…。

「はー!? こんなにお酒を飲んで、撮影なんてできるわけないでしょ!!! 三脚は捨てていきなさい!!!」

そうは言っても、山にゴミを捨てるわけにもいかないので、しかたなく担ぎます。

樹林帯の急登が終わると、岩場の急登になりました。ガスが出てきてあたりは真っ白です。岩とガスの中をひたすら高度を上げていきます。

荷物が軽くなったおかげか、ようやくエンジンがかかってきたのか、山頂に着く頃には、体調はずいぶん良くなってきていました。

「あ、足が…」

え、やばい? つりそう?

いつになく軽快に登っていて、余分の荷物まで背負うくらい調子こいてたK女史でしたが、無理するととたんに足にきてしまいます。

まあ、まだ大丈夫だと言うので、わたくしは心配そうなふりをしつつ、荷物持とうか?とは絶対に聞かないようにしておきました。あとはスキを見てワインを捨てられないようにだけ注意しておかねばなりません。

妙高山からの下りもなかなかの急傾斜で、道も適度に荒れ気味で歩きやすくはありません。

登山地図のCTが厳しめなのか、われわれが遅すぎるのか、予定時間よりずいぶん遅れてしまっています。朝は快調だったK女史も、疲れがみえて遅れ始めました。この先、時間を巻けそうにもありません。

黒沢池分岐までくだり、長助池の周りに広がる湿原を見下ろして、大倉乗越に向かいます。けっこう歩いた後のこの登りは疲れた足に堪えます。手を使わなければ登れない岩場も何度も出てきました。振り返ると、K女史はうんざり顔で歩いています。

ほんとは高谷池ヒュッテまで行くつもりでしたが、時間的にも押してるので、手前の黒沢池ヒュッテまでにしておこうかと、K女史に提案してみました。

「そうするそうする。そうしよう」

さすがにこの大倉乗越を超えてから、さらにもうひと山越えるのは厳しいようでした。

これで終わりかなと期待しつつ何度も裏切られ、いつになったら終わるんだよ!って文句も言いたくなるような登りをようやく終わらせて、やっと下り坂になりました。

しばらく下って、ようやく黒沢池ヒュッテに到着です。なんとなくあんまりパッとしないテント場でしたが、もう今日はここまででいいです。

テントを張り、ひと息ついたら夕食です。アボカドのサラダに鳥モモの焼肉。隠していた梅酒をわたくしがちびちび飲んでるうちに、プラティパスに入れたワインはK女史がすっかり飲んでしまいました。山に捨ててくとか言ってたくせに…。

「けっこう飲んじゃうものね♬」

すっかり出来上がって、すっかりお腹もいっぱいになったので、〆に用意してたグリーンカレーは明日の昼ごはんとなりました。

翌朝、天気は上々のよう。テント装備はデポしたままで火打山を目指します。

黒沢池ヒュッテから茶臼山を越えると高谷池ヒュッテに出ます。こっちのほうがずっと雰囲気良さそう。やっぱりこっちに泊まりたかったな。まあ、昨日の状態でもうひと山を超えるのはたいへんだったとは思いますが。

高谷池からは湿原の中の木道が続きます。

これこれ、こういうのをイメージしてたのです。まさか昨日のあんな長い急登や登り返しがあるとは思ってませんでした。心の準備ができてないと、よけいにキツく感じますからね。

朝日に照らされた湿原が黄金色に輝いています。

「きれい〜〜!!!来てよかった〜〜!!!」

K女史も満足げです。苦労して来た甲斐があったというものです。

「これが見れたんだから、昨日はあそこに泊まって正解だったね!!!」

?????

いや、それ違うと思いますが、ご機嫌にしてるので訂正しないでおくことにしました。

木道の後も、開けた気持ちの良いなだらかな登山道を登っていきます。あ〜楽だ。昨日のあれはなんだったんだ。

そうしてサラッと火打山の山頂に到着しました。

さらに先には噴煙を上げる焼山が見えています。

それに日本海もすぐそこに。

振り返れば山並みの奥に富士山の姿も。新潟からも見えるんですね。

広々として気持ちのいい山頂です。天気もスカッと晴れています。

ひとしきり山頂を堪能してから調子良く黒沢池ヒュッテまでもどり、グリーンカレーを食べて撤収して下山です。

下山路に選んだ道も、百名山としてはなかなかの荒れ具合でした。K女史は歩きにくそうにしています。さらには、靴を脱いで渡らなければならない渡渉もあったりして、けっこう疲れて下山となりました。

「すごいがんばった! すごいがんばったと思うわたし!」

K女史も、いつになくたくさん歩いたようで、なかなかの充実感のようです。

「もう来週は山に行かなくていい…」

どうやら、お腹いっぱいの妙高山と火打山だったようでした。