マルカンビル大食堂でナポリかつとソフトクリームを食べるの巻き

花巻に来たのは学生時代以来になる。数十年ぶりの花巻の印象は、こんなに寂れてたっけ?だった。

とにかく街に活気がない。道行く人をまったく見ない。営業している店も極めて少ない。シャッター商店街どころか、店舗が取り壊されてアーケードだけが残っている。

花巻に来た目的はマルカンビルの大食堂だ。

マルカン百貨店は耐震強度不足のため2016年に閉店したが、翌年マルカンビルとして復活した。6階の大食堂は昭和のままの姿で営業している。

マルカンビルの1階は現代的なおしゃれ物産館になっていた。らしくないと言ってしまうのは失礼だけど、らしくない雰囲気だ。ひやかしかもしれないが、お客さんもけっこう入っている。

エレベーターで6階に上がった。

エレベーターを降りると目の前に食堂の入口がある。左右のガラスケースに並ぶ料理サンプルを見て注文を決めたら、入口脇のカウンターで食券を購入する。カウンターには昭和の事務員の制服を着たおばちゃんが座っていて、もうなにからなにまで昭和スタイルだ。今が令和なのを思い出させるのは、現金だけでなくQRコードでも支払えるところだけだ。

自由席なので適当に空いてる席に座った。店内は、花巻にこんなに人がいたのかと驚くくらい賑わっている。それでもだだっ広いので、空いてる席はいくらでもあった。ただし、窓際の見晴らしの良い席はすべて埋まっていた。

店内はまさに昭和のまま。イスもテーブルも、今では売ってなさそうなダサいデザインだ。テーブルには引っ張ると持ち上がる割り箸入れと、コインを入れると紙が出てくる星座占い器があった。割り箸入れと占い器とともに、さりげなくQRコード表もあり、入口で食券を買わずに席についてからQRコードで注文と支払いをすることもできる。

昭和のレストランのウエイトレスさんのコスプレかと見まがう、昭和な制服そのままのウエイトレスさんに食券を渡した。

少々早めの夕飯はナポリかつにした。マルカンラーメンと迷ったが、まずはナポリかつだ。ラーメンは次に来た時に食べよう。

見た目もそうだけど、意外なことに味も現代風だった。店の雰囲気は昭和のままでも、料理はブラッシュアップしたようだ。古い洋食好きとしては残念だが、集客的にはいたしかたないところなのだろうか。ただしカツは極薄で、それだけが昔の味を偲ばせる。

マルカンビル大食堂といえば、やはり十段巻きのソフトクリームだろう。ここに来たら食べないわけにはいかない。しかし私は、実はソフトクリームがちょっと苦手なのだ。嫌いなわけではない、むしろ好きだ。でも苦手なのである。

幼い頃、母にソフトクリームを買ってもらった私は嬉しくてはしゃぎ、はしゃぎ過ぎてソフトクリームの先端部分をぼとりと落としてしまった。一瞬にして落ち込む幼い私に、母は追い討ちをかけるように落ち着きのなさと注意力散漫をなじり、私は半ベソでウェハースを齧った。そういうことが二度三度とあってソフトクリームが苦手になってしまったのだ。ちなみにウェハースもあまり好きではない。

大人になってからのドライブデートで彼女がソフトクリーム食べようと言ったときには幼い頃のトラウマが頭をよぎったものの、そこで拒否するほど野暮でもないので恐る恐るソフトクリームを購入した。そしてあまりに恐る恐る持っていたせいか、見事にまた落としてしまった。

落ち込む私に向かって、当時の彼女はこともなげに言い放った。

「もう一個買えばいいじゃない」

そうか、そうだよな。大人なんだし、ソフトクリームもうひとつ買うくらいの財力は余裕である。呪いの解けた私は、ニ個めのソフトクリームを落とさずに食べることができた。

呪いは解けても苦手意識が完全に消えたわけではなく、その後の長い人生において自分の意思でソフトクリームを食べたのはおそらく二回だけ。一回は外秩父七峰縦走途中の牧場で、もう一回は尾瀬の鳩待峠で花豆ソフトを食べてみたくなって、二回とも全集中の呼吸で落とすことなく食べることができた。

そして今、マルカンビル大食堂のソフトクリームで人生三度目のソロソフトクリームに挑戦だ。

テーブルに置かれたソフトクリームは堂々とした長さを誇っていた。ていうか、これどうやって食べたらいいんだろう。ソフトクリームホルダーに支えられて直立してるからいいものの、これを少しでも傾けたり動かしたりしたら、たちまちクリーム部分が倒れそうだ。動かさずに直接しゃぶったりペロペロなめたりするのだろうか?そんな食べ方をしていいのだろうか?もしも若い女の子がしゃぶったりペロペロなめたりしてるのを見てしまったら…いや、おじさんがそんなことしてるのはかなり見苦しいのではないだろうか。

困ったときは周囲を観察する。右も左も分からない海外で、いつも使っていた手だ。周りの人たちの食べ方や振る舞いを見てマネしていると、いつのまにか自然な雰囲気が身についている。そんな擬態スキルで、いまでもインド料理店では店員さんに「インド行ったことあるね?」と聞かれたり、ネパール料理店では「ネパール語、話せる?(なぜかネパール人はそう聞く)」と言われたり、地方の飲み屋では観光客に「地元の人ですか?」と話しかけられたりする。

さて、マルカンビル大食堂で周囲の観察だ。見回してみるとあちこちのテーブルでソフトクリームを食べている。やはり人気メニューなのだ。

食べ方をよく見ると、なんとみんなソフトクリームを割り箸で食べているではないか。隣のテーブルの子供はニコニコしながら割り箸でソフトクリームを食べている。斜め向かいのお婆さん二人連れも、楽しそうにおしゃべりしながら割り箸でソフトクリームを食べている。窓際のカップルも仲良く割り箸でソフトクリームを食べている。目を疑ったが間違いない。地元民はみんな、割り箸でソフトクリームを食べているのだ。

なんと奇妙な風習だろう!ソフトクリームを割り箸で食べるなんて思いもしなかった。なんかちょっと情緒がないというか、イメージがわかないというか、あまり美味しくないんじゃないかという気もしないではないけれど、ここは現地の風習に従って昭和な割り箸入れから割り箸を取り出してソフトクリームを食べることにした。

ホルダーに固定されたソフトクリームは動かさず、割り箸でクリーム部分をすくって食べる。うん、確かにヘンだ。割り箸の食感と木の味が舌に違和感を与える。しかしソフトクリームを落とさないという観点からは、実に合理的な食べ方でもある。溶けてきたら側面をぬぐってタレるのを防ぐ。柔らかくなって傾いてきたら、軽く押し返して真っ直ぐな位置にもどす。違和感はすぐに消えて、割り箸こそがソフトクリームの正しい食べ方なんじゃないかという気になってくる。

割り箸のおかげで、人生三度めのソロソフトクリームを無事に食べ終えることができた。

中途半端な時間帯にもかかわらず、マルカンビル大食堂は盛況だった。一階の物産館も客入りは良かった。しかしこれはお盆休みの特例だろう。通常はどれほどの人出なのか、平日は特に厳しそうな気もする。

案内板によると、地下1階はスケボーパークで2階はおもちゃ美術館となっていた。見に行ってはないが、こちらはどれくらいの客入りなんだろう。花巻市のスケボー人口がそんなに多いとも思えないし、おもちゃ博物館を訪れる観光客がそんなに多いとも思えない。そして3階から5階は、いまだに空きフロアになっている。マルカンビルの外は、ひっそりとして人の気配に乏しい。

再び花巻を訪れたときには、マルカンラーメンを食べてから割り箸でソフトクリームをいただきたい。

その日まで、いやその後も末長く、マルカンビルの繁栄を願う。

2025年8月