そこに山があるからだ – 九千部山

地図に記載されていた登山口の駐車場は「グリーンピアなかがわ」という施設の駐車場、というか入口の前のちょっと広くなっているスペースだった。グリーンピアというのは屋外保養施設というかアウトドア村というか、バンガローがあってBBQができたりする公園のようなキャンプ場のような施設らしい。

到着して園内をのぞいてみたところ、これは廃墟なんじゃね?っていう荒れ具合だった。とても営業しているようには見えない。冬季休業中なのか閉園してしまったのかはわからないけど、これなら大丈夫だろうと車を停めておくことにした。

登るのは九千部山という山だ。例によってこの山を選んだ理由は特にない。強いて言えば、今日の行動予定上で都合のいい場所にあったからである。

登山口はどこかと探すと、車を停めたすぐ後ろに山に入る道があった。登山口を示す道標もあった。しかし歩き始めてすぐに、これは普通に使われてる道ではないなとわかる。かなり荒れているのだ。

整備の手が入らず歩く人も少ないのだろう。道はガタガタで藪に覆われてる箇所もある。いきなりのヤブコギだ。かつては遊歩道だった名残もあったが、これはもうグリーンピアと同様に完全な「廃墟」である。

ふと頭に疑問が浮かぶ。なぜこんなところを歩いてるのだろう、なぜこんなことをしてるのだろうと。まあ自分の意思でやってるわけで、やりたいからやっているのだが、なぜ?と自らに問いかけても、答えを言語化するのは難しい。

そんなことをつらつら思いながら2時間ほども登り、山頂まであとひと息だなってところで林道に出た。荒れたダートの林道ではなく、ちゃんと舗装された林道だ。

えっ…

林道は山頂へと続いている。道はそれしかないので舗装路を歩く。

マジかよ、これ車で来れるのか?

少し進むと山頂直下で林道は終わり、駐車スペースに消防の車が停まっていた。山の西側から山道を登ってきたのだが、どうやら東側からだと車で来れるらしい。

山頂には20人ほどの消防隊員がいた。

なぜ???

和気藹々とくつろいでいるし、大鍋で調理して食事をした形跡もあったので、なにか事件があったわけではなさそうだ。消防隊員のレクリエーションなのだろう。

「こんにちは」

こんにちは…

「こんにちは」

こんにちは…

「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

20人もいるからたいへんだ。さほど広くもない山頂のあちこちに散らばってくつろいでるので逃げ場がない。

「おひとりですか?」

なんだか尋問っぽくなってきた。

「どこから登ってきたんですか?」

グリーンピアです。

「グリーンピア??」

どうやら知らないようだ。九千部山は県境にあり、グリーンピアのある西側は福岡県、車道のある東側は佐賀県、佐賀の消防隊員だったので福岡のことは知らないのだろうか。でも消防隊員なら遭難救助もするんだし、登山口くらい知っててもよさそうなものだが。

「何時間くらいかかりました?」

1時間半くらいです。

ほんとは2時間半だが、あんまり遅いと遭難予備軍と思われるかもしれないので短めに答えておいた。

落ち着かないしくつろげないし、これ以上の質問攻めは避けたかったので山頂にあった展望台に登った。さすがにここまで追いかけてはこないだろうと思いたい。

このまま質問を受け続けていくと、「どこから来たんですか?」に続いて「なんでわざわざ東京から来てこんな山に???」という答えにくい質問になるのは確実である。経験上、必ずそうなる。

なぜわざわざこんな山に登るのか?

その答えは自分の中にはあるけれど、うまく人に伝えられないんだよ。言葉をつくして説明しても、余計にわかってもらえなくなるばかりだ。わかる人はそもそもそんな質問はしない。

登山を趣味としている人にも同様の質問をされることがある。

「なんでそんな聞いたこともない山に登ったの?」

どんな答えを期待してるんだろう?眺めがよさそうだったから?珍しい花が咲いてるから?でもそんな理由で登ってるわけではないのだよ。ただ純粋にそこに登りたいという気持ちになったから登ったのだよ。

「なんでそこに登りたいと思ったの?」

堂々巡りである。毎度答えに窮するのでなんとかしたいと思っていたのだが、いい答えを思いついた。

「どうしてそんな山に登ったの?」

そこに山があったから。

Because it’s there.

ジョージ・マロリーの有名なこの言葉も、何度も同じ質問をされてうんざりしていていたマロリーがキレ気味に言い放ったものだという。

マロリーのこの言葉は哲学的な意味を含んでるというわけではなく、エベレストという世界一高くてまだだれも登ったことのない山がそこにあるのだから、それに登ろうとするのは登山家として当然だという文脈で言われている。ならば、まだ自分の登ったことのない山がそこにあるのだから、それに登ろうとするのは当然だという意味では、マロリーよりも羽生丈二のこの言葉のほうが適切かもしれない。

「そこに山があるからじゃない、ここに俺がいるからだ」

でもこれは、先の質問の答えとしては適切ではないな。

「どうしてそんな山に登ったの?」

ここに俺がいるからだ。

これではトンチンカンが過ぎる。より良い答えが見つかるまで、当面はマロリーを採用しておこう。

2024年12月