台風一過で岩登り – 兜明神岳
道の駅区界高原に車を停めた。田舎の寂れたドライブインのような道の駅だ。黄色く塗られた建物からは物悲しい音楽が流れている。だだっ広い駐車場には他に一台も車が停まっていない。こんなに静かな道の駅は初めてだ。
駐車場の端に車を停めて、登山口の兜神社まで国道を歩いていく。
だれにも出会わない。歩いてる人はなく、集落にも人の気配がない。車も走っていない。登山口までの30分で、道路維持管理の黄色い車一台とすれ違っただけだった。
意外なことに登山道はよく手入れされていた。刈り払いもされていて快適に歩ける。傾斜はゆるやかで、これなら楽勝だとさくさく登っていく。
ビンポンポンポーン♬
村内放送が聞こえてきた。まずは行方不明老人の情報提供のお願い。徘徊なのか、それとも昨夜の台風で被害に遭われたのだろうか。続いて流れてきたのが、避難指示解除のお知らせだった。
避難指示??解除??
どうやら避難指示が出ているところへのこのこやって来て呑気に山登りしている非常識な人になっていたようだ。いや、もう台風はとっくに過ぎ去ってるし…と心の中で言い訳して先へ進んだ。
快適に登っていたが、山頂直下は岩場だった。
垂直だ。そして濡れている。ソールのすり減ったボロ登山靴では滑って登りづらい。
岩場を登り切ると、そこは山頂…ではなかった。山頂はもっと上、岩山のてっぺんだ。
道の駅から登山口へと歩いてるとき、前方に兜明神岳が見えていた。なだらかな三角錐の山容は緑で覆われていたが、山頂は木の生えてない尖った三角の岩だった。まさかあれ登るのかな?と心配したが、杞憂ではなかったようだ。
なんの目印もない。どこからでも取り付ける。傾斜はさほどキツくなく、手がかり足がかりもあるから難しくはないが、適当に登ると行き詰まりそうだ。なるべく登りやすそうなルートを探して登る。
ザックを背負いカメラを首からぶら下げたまま登り始めたのは失敗だった。邪魔だ。デポしておけばよかったがもう遅い。
半分ほど登ったところに小さな祠があった。ここが山頂かな?もうここが山頂でいいやと思ったが、見上げると岩山のてっぺんにも祠が見えた。
やっぱりあそこまで登んなきゃダメだよね…。
剥き出しなので高度感がある。台風は過ぎ去ったが、まだ風はある。そういえばさっきまで避難指示が出てたんだよな。濡れてる岩は滑りやすい。マイナスなことが心に浮かぶととたんに弱気になる。弱気になると危険も増す。
いかんいかん、しっかり確実に登れば、なんてことないはずた。
山頂は狭く、立ち上がるとバランスを崩しそうだった。岩のてっぺんに座って辺りを見渡した。
うん、なかなか悪くないんじゃない?ここまで登ってきてよかったな。
下りは登り以上に慎重に。滑り落ちるとどこまで落ちていくかわからない。まあ最悪、樹林帯で引っかかるが、そこまでもけっこうな距離がある。もう大丈夫なところまで降りてきたときには、どっと疲れが押し寄せてきた。
兜明神岳の先には、かぶと広場があり、さらに少し進むと馬っこ広場がある。とちらも山の中とは思えないほどの平らで広々とした場所だ。緊張感を解すために、ここでしばらく休憩した。
この先に岩神山という山があり、そこまで行けるようだったが、身体も気持ちも疲れたし、ここから道の駅方面へ下山できるし、もうここまででいいかな。岩神山がどんな山なのかわからないし、さっきみたいな岩場があったらイヤだな。行きたくないなという気持ちと、行ってみなければわからないんだし、せっかくここまで来たら行っといたほうがいいんじゃない?という気持ちのせめぎ合いで、行っといたほうがいいんじゃない?が勝った。やれやれ。
せっかくだしな。そんなに遠くなさそうだし、無理そうなら引き返せばいいしな。
岩神山へは林道規格の登山道で、あっさり山頂に着いた。
山頂には大きな電波塔があったから、それ用の道なのだろう。案ずるより産むが易しだ、産んだことないけど。
ここが山頂で山頂標柱もあったのだが、電波塔の裏側がより高くなっているのに気づいてしまった。どう見てもあそこが最高地点だ。踏跡も続いている。
やだなあ、また岩場かよ。イヤな予感しかしないが、ここまで来たら行かないわけにはいかない。しかたない。やれやれ。
岩神山の真の山頂は確かに岩場の上だったが、たいした岩場でもなく簡単にあっさり登れた。うむ、やはり案ずるより産むが易しだ。
朝からなんだかんだあったけど、いい一日じゃないか。
兜明神岳方面へはもどらずにウォーキングセンターへ下山した。ここのほうがだいぶ道の駅に近いのだ。立派な建物と大きな駐車場のあるウォーキングセンターだが、ここにも人の気配がなかった。ここまで誰にも会っていない。
帰り道、振り返れば兜明神岳の山頂には三角の大岩が聳えていた。
若干の不安を感じながら道の駅に戻ると、軽トラやら宅急便やら工事車両やら、なんだかんだで五台の車が停まっていて、なんだかホッとした。
2024年8月